これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)。

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昭和54年~57年:32歳~35歳

「本気で叱り、真剣に聞いていただけるクレーム対応時こそ、最高の営業チャンスだ!」

 口癖のように言い続けていた恭平だったから、対応が難しいクレームの度に声が掛かる。

 相手の素性を確かめることなく電話一本で商品を届ける生業が故に、一筋縄ではいかない思いがけぬ輩を相手に、恭平は一触即発の危険なクレーム対応も数多く経験した。

 今も思い出す度に慚愧の念に堪えず、忸怩たる思いに駆られるクレーム相手は、反社会的勢力ではなく、花見シーズンの日曜日、善良な一般市民からの電話だった。

「責任者を出せ!」

 激昂の電話に慌てて白衣からスーツに着替え、ネクタイを締めた恭平は、届け先の郊外の真新しい一軒家に駆けつけ、玄関を開けた途端、絶句した。

 恭平の目に飛び込んできたのは、祭壇に供えられた就学前と思われる女児の遺影だった。

「我が娘が、車に轢き殺されただけでも悔しいのに、それをお前らは祝うのか!」

 泣きながら、殴りかからんばかりに肩を掴み揺さぶる、同年代の若い父親の憤りに返す言葉も無く、恭平は殴って気が済むなら殴って欲しいと願いながら立ち竦んでいた。

 葬儀用に受けた折詰に法事用の掛け紙や黄白の掛け紐ではなく、間違えて通常の掛け紙と紅白の掛け紐を掛けて届けしてしまったのは、完全に会社側のミスであり、謝っても許されるミスではなかった。