そもそも日本の情報当局としては、公安警察や内閣情報調査室、公安調査庁、といった組織が存在する。内閣情報調査室は、トップの内閣情報官を警察関係者が率いており、警察と関係が近い。それに対して公安調査庁は法務省の外局だ。そのため公安調査庁は、警察や内調とある意味、反目し合ってきた。ある政府筋によれば、「公安調査庁がヘマをやると、警察関係者がほくそ笑むという実態がある」という。

 一方で、中国の公安はかなり能力が高い。そのため、日本の情報機関の協力者が現地でインテリジェンス活動を行っても、大したことはできないのではないかとの指摘もある。

 事実、アメリカのCIA(中央情報局)でも中国の公安当局には手を焼いている。中国では、CIAの協力者が2010年頃から次々と拘束または処刑された。それを察知したCIAは多少の協力者はカネを持たせて国外に脱出させることに成功したが、それでも数十人単位で協力者を失ったという。

 原因は、まず中国に機密情報を渡していた元CIAの職員がいたこと。さらに、協力者たちとの連絡に使っていたCIAの通信システムがハッキングされた可能性も指摘されている。このとき、中国におけるアメリカの諜報活動は、「歴史的」と言えるほどの大打撃を受けたとされる。

 それだけではない。中国の政府系ハッカーは、2015年アメリカの連邦人事管理局(OPM)が持つ連邦職員2210万人分の個人情報をサイバー攻撃によって盗み出すことに成功した。そこには、CIAなど諜報員らに関する情報なども含まれていたという指摘もある。そうした情報が、中国国内で活動する米国人や協力者らの素性などと紐づけられた可能性もある。

「インテリジェンスを仕事にするなら、協力者は何としても守らなければならない」

 中国から協力者たちが消えていくという事態に対して、当時、責任者の一人として調査を行った元CIA幹部は、筆者の取材にこんなことを言っていた。

「インテリジェンスを仕事にする上で、協力者は何としても守らなければいけない存在だ。それは諜報員にとって、とてつもない大きな責任である。多くの人が、諜報活動というのは立派な仕事だと私にも言ってくるが、実態はそんなものではない。妻は別格としても、諜報員にとって協力者ほど強く結ばれた人間はいない。これはとても人間らしい関係なのだ。彼らに対する責任感は、常にそこにある」

 今回、刑期を終えて帰国した日本人のケースを取材しながら、筆者はこの話を思い出していた。そして、日本の情報関係者は拘束された協力者に対し、どんな思いでいるのだろうか、と。

 服役を終えて帰国した協力者が今後どのような扱いになるのかはわからない。だが少なくとも、日本国のために、強大な中国の公安警察の目をかいくぐるような危険を冒して働いていた人物を侮辱するようなことだけはあってはならないだろう。それが、警察や公安調査庁の縄張り争いの中であっても、だ。

 そして日本では、現在は存在しない機能的な対外諜報機関を組織したり、スパイ防止法を制定するような議論が、改めて行われてもいいのではないだろうか。