分からないことも多い新型コロナウイルスに、獣医学が光を当てつつある(写真:PantherMedia/アフロイメージマート)

 猫に関して言えば、コロナウイルスが猫を死に至らしめるメカニズムが明らかになっている。そのメカニズムをつぶさに見れば、新型コロナウイルス感染症の治療ではウイルスではなく、感染した人間をターゲットにするという、最近浮上している考え方の背景が分かる。ここ最近、細胞医療を研究・開発しているテラの株価が急騰しているが、その背景にも、こうした医療にまつわる考え方の逆転がある。テラの株価は5月半ばに380円だったが、6月8日の終値で1828円まで高騰している。

炎症反応が暴走「サイトカインストーム」

 まず猫がコロナで死に至る最悪のケースを見ていこう。北里大学獣医感染症学前教授、宝達勉氏の指摘や研究を参考にして病気の悪化プロセスを単純化すると、以下のようなステップになる。炎症反応暴走、最近話題に挙がる「サイトカインストーム」である。

1.ウイルスが猫に感染する

2.猫はウイルスに抵抗するため抗体を作る

3.抗体がウイルスに結合して抵抗する

4.ウイルスに抗体がつき、その抗体を目印にマクロファージ(白血球の一種)がウイルスを捕らえる

5.ウイルスは抗体に捕らえられたことで、かえってマクロファージに感染できるようになる

6.マクロファージにウイルスが侵入し、そのためにマクロファージが炎症反応の暴走を起こす

7.炎症反応の暴走のために、全身の免疫細胞が影響を受ける

8.抗体を作る免疫細胞(B細胞)が増える一方、感染した細胞を殺す免疫細胞(T細胞)が「自殺」を始める(ここで言う自殺とは「アポトーシス」と呼ばれる現象。本来であれば、T細胞が減るのは好ましくないように見えるが、マクロファージによる炎症反応の暴走に影響を受け、T細胞が自らを崩壊させる変化を起こしてしまうと報告されている)

9.抗体が増えて、マクロファージへのウイルスの感染がより悪化する

10.ウイルスと抗体が結合した物体(免疫複合体)が増える

11.体が免疫複合体を異物と認識して反応する(アレルギー反応の一種)

12.アレルギー反応で血管やリンパ球などがダメージを受ける

13.血液が固まり毛細血管を塞ぐ

14.血管から血液成分がにじみ出して腹腔内や胸腔内に水(腹水)が溜まる

15.全身の酸欠などにより体は機能不全に陥る

16.死に至る

猫がコロナウイルスで死に至るプロセス
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 どうだろうか。人の新型コロナウイルスで指摘されていることと共通点を感じた人も多かったはずだ。

 ワクチンについて書いた「新型コロナはワクチン開発が難しい『猫型』の恐れも」でも触れたが、一口に免疫といっても、大きく2種類が関係しているのが見て取れる。

 一つは「液性免疫」というもので、免疫グロブリンと呼ばれるタンパク質「抗体」が担う免疫だ。抗体は「B細胞」と呼ばれる免疫を担う細胞が作り、血液中に大量に溶け込んでいるので液性と呼ばれる。抗体により、ウイルスの機能を停止させるのだが、最悪のケースでは、抗体のためにむしろ感染が悪化してしまう。

 もう一つの免疫は「細胞性免疫」というもので、感染細胞を攻撃する細胞による免疫だ。ただ、細胞性免疫も最悪のケースでは、細胞性免疫を担当するリンパ球自体が自殺してしまう(アポトーシス)。異物を排除する体の反応である「炎症性反応」が暴走することで、細胞性免疫を担当する細胞が自壊を始めるのだ。

 猫のコロナウイルスの場合、自分を守ってくれるはずの抗体が自分自身を攻撃する。これは「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれている。

 ところが、ADEの状態にもかかわらず、中には死に至らない猫がいることが分かっている。ウイルス感染に抵抗する猫には特徴がある。血管周囲に「肉芽(にくげ)」と呼ばれる細胞塊ができるのだ。これは免疫を担う免疫細胞で構成されていると考えられている。これができると、腹水や胸水が溜まってしまうような異常も起こらない。猫が生き残るための背景には、こうした病変形成に細胞性免疫が関係していると考えられている。さらに強い細胞性免疫が引き起こされたときには、肉芽病変さえできず、感染や発症もせずに済む。

 細胞性免疫は人でも重要だという見方がある。2002年に香港で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)において、香港の研究グループは感染から回復した人の11年後を調べ、SARSの持つタンパク質に反応する細胞性免疫が保たれていることを確認している。