新型コロナは遺伝子変異で強毒化するリスクがある(写真:PantherMedia/アフロイメージマート)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は緊急事態宣言下の状況と比べれば落ち着きを取り戻しているように見える。ただ、第2波、第3波が警戒されており、依然として緊張感が残る状況であることには変わりはないだろう。感染拡大はいまだ予断を許さない。

 ウイルスの今後についてはさまざまな見解が出ているが、そうした中で懸念される問題の一つがウイルスの強毒化だ。筆者は獣医師資格を持つ立場から考察をしてきたが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の強毒化についても、動物での研究結果は参考になると考えている。そこで前回に引き続き、獣医感染症学を専門とする北里大学名誉教授、宝達勉氏の見解も引きつつ、動物コロナの遺伝子変異と今後の治療への応用について考察してみようと思う。

新型コロナ、遺伝子変異で独特の生存戦略

 やや教科書的ではあるが、そもそも遺伝子変異とは何だろうか。

 まず遺伝子とは、生物の特徴や遺伝情報を決めている物質だ。1940年代くらいまでは、遺伝子の正体はタンパク質だと考えられていた。「遺伝子といえばDNA」という常識ができたのも、1953年にワトソンとクリックという2人の研究者が遺伝子の正体がDNAであると突き止めてからの話だ。その後、DNAとRNAを含む「核酸」という物質が遺伝子であると明らかになった。まだ謎の多い学問分野と言える。

 DNAは「アデニン」「チミン」「グアニン」「シトシン」というATGCの「塩基」と呼ばれる4種類の物質が文字のように連なった分子で、RNAは「チミン(T)」の代わりに「ウラシル(U)」を含む、やはりAUGCの塩基が連なった分子だ。人でもウイルスでも、生物においてはこれら核酸をもとに子孫の核酸を作っており、またこの核酸を鋳型として体を形作るタンパク質を作っている。

 多くの生物では、DNAからいったんRNAに転写される仕組みを備えている。RNA転写という一段階をはさむことで、DNAの持つ遺伝情報がさらに編集され、タンパク質の多様性につながる仕組みも知られるようになってきている。

 新型コロナウイルスは、このAUCGが約3万連なったRNAを持っている。

 宝達氏は、「一般的なDNAウイルスは、感染した細胞がもつ『DNAポリメラーゼ』を借り、子孫ウイルスDNAを複製している。このため一般細胞と同じく比較的変異率は低く、また校正機構も備わっておりミスが起こりづらい。一方、RNAウイルスでは親RNAから子孫RNAを複製するため、ウイルス自身が持つ『RNAポリメラーゼ』を使う。このRNAポリメラーゼはDNAポリメラーゼより読み間違いが多い」と指摘する。

 新型コロナウイルスで言えば、遺伝子変異とは、RNAの塩基の配列が変化してしまう現象を指す。なぜこうした変化が起こるかと言えば、RNAポリメラーゼによる複製の際のエラーが特に重要だ。遺伝子変異の原因としては、放射線や化学品などもある。

 塩基が変化した場合、ウイルスの活動に致命的な変化であれば、そのウイルスは増えることなく消滅する。しかし、活動が維持される範囲の変化であれば、遺伝子変異が保存されたまま次世代に引き継がれる。

 宝達氏が指摘するようにRNAウイルスは、基本的に変異が起こりやすいという性質がある。一見すれば、ウイルスにおいて遺伝的な変化は好ましくないようにも見えるが、宝達氏は、「逆に、ウイルスの生き残り戦略としては優れた結果となっている」と指摘する。環境のめまぐるしい変化に対応するために、変異のペースが速いことはメリットになるからだ。RNAウイルスであるエイズウイルスの逆転写酵素はもっと読み間違えが激しく、そのために感染先の免疫が対応しきれなくなる。ウイルスの生存戦略にはメリットだ。

 ただ、新型コロナウイルスの場合、「非構造タンパク質(nsp)」と呼ばれるタンパク質の一つである「nsp14」が校正機能やウイルス自身が細胞に異物と認識されづらくする機能を持っていると研究により分かってきた。遺伝子変異においては、独特な生存戦略を持つウイルスと言っていいかもしれない。