まず連載の初めに、筆者は経済の専門家ではない点をお断りする必要がある。経済人を読者ターゲットとする媒体には、アルメニア人実業家カーコリアンを取り上げた小エッセーがあるものの(「週刊エコノミスト」2006年10月17日号、62ページ)、基本的には歴史が専門である。
しかし、ロシアを考える際には政治と経済を切り離すことはできないとすれば、直接経済に結びつかないトピックでも何か物事を理解するきっかけを提供できるかもしれない。そう考えて、今回の連続コラムに加わることを決めた。
もう1点付け加える必要があるのは、筆者がロシアそのものではなく、コーカサスやイラン(の歴史)をむしろ専門としている点である。
しかし、ロシアの広大な地理的背景をロシア自体が常に自問自答してきたことを踏まえれば(ロシアはヨーロッパかアジアか?)、ロシア人の思考にも、あるいはロシアを見つめる世界の視線にも、常にユーラシアの地政学的な視点が込められていることもまた明白である。そこで、本コラムでは、いわばロシアを外側から見つめることで、読者に頭の体操の材料を提供したいと考えている。
線を引くということ
さて、ロシアといえば、資源。資源といえば輸送問題とその価格交渉ということで、前回の本コラムでも2008年のロシア・ウクライナ間ガス問題が取り上げられた。
そして、輸送問題の要は「どこに線を引くか」につきる。ここで改めて強調したいのは、線を引くというのはまさに地政学的位置を規定し、あるいは力関係を変更することにつながるということである。
筆者はかつて岩下明裕編『国境・誰がこの線を引いたのか―日本とユーラシア』(北海道大学出版会)の中で、多民族地域コーカサスにおいて「国境」という線を引くことの難しさについて論じたことがある。
そもそも四方を海に囲まれた日本人は、国境を自明のものとしがちである。沖縄返還の前年に生を受けた筆者は、特に日本という国の形が変わるという体験を経ずに育ってきたが、近年、沖縄や小笠原などを訪問し、いかに境界が人為的であるか改めて認識を新たにしつつある。
もっとも、国境問題にはさすがに日本もそれなりに敏感であろうが、パイプラインと「国の形」というとあまり接点を感じないかもしれない。
しかし、19世紀から20世紀初めにかけて鉄道が極めて大きな政治的意味を有したように(アメリカの大陸横断鉄道しかり、ロシアのシベリア鉄道も日露戦争を日本側が急いだ一因とされる)、各地で資源戦争の囁かれる21世紀においては、エネルギー安全保障の観点から、資源を通す道、すなわちパイプラインという国家プロジェクトはまさしく国家の戦略を左右し、それゆえに国際的問題に発展しやすい。
もう1つのガス戦争
このように、パイプラインの持つ今日的な意味を確認したうえで、2008年のロシア・ウクライナのガス紛争の裏話とも言えるロシア・グルジア間のガス問題について今回は触れたい。
ウクライナへの供給停止は世間の耳目を集めたが、動きの速い世界情勢の中で、2006年のガス紛争が顧みられることは少なかったように思える。
この時、ウクライナと並んで、供給が止められて大騒ぎになったのがグルジアであった。しかし、今回は興味深いことに両国の間ではガス問題は持ち上がらなかった。本格的な分析にはまだ時間がかかるが、昨年末にグルジアとアゼルバイジャンがガス供給に関する契約を結んだことが1つの背景になっていると思われる。
依然大きなウエートを占めるといっても、グルジアのロシアへの依存度はやはり徐々に減っている(無論、過小評価もまた禁物である)。あのような強い軍事的圧力の下でもサアカシュヴィリ政権が崩壊しない、あるいはグルジアでの市民生活が破綻しない背景として、BTCパイプラインなど西側の支援で作られた新たなエネルギー輸送網と協力関係の影響は大きい。
それでもやはりと言うべきか、問題は別のところで持ち上がった。それは、南オセチアへのガス供給問題であった。周知のように、昨年8月の戦争は、ソ連崩壊以降にグルジアからの分離独立(ないしロシア領北オセチアとの統合)を目指す南オセチアの支配権をめぐって発生した。