人類はこれまで以上にパンデミックの襲来を受けやすくなっている

「淘汰される宿命」を背負う人類

 人類は誕生以来、過酷な宿命を負わされている。

 それは「世界・人類の平和」などとは真逆の「淘汰される宿命」であるということだ。

 その過酷な宿命とは、人類自身が持つ「人口爆発のメカニズムに由来する戦争」に加え、人類にダメージを与える様々な自然災害が避けられないことだ。

 我々が「安全保障」と呼ぶのはこれらの「人類淘汰といかに向き合うか」が、その本質ではあるまいか。

 以下、人類が置かれた「淘汰される宿命」という目を逸らしたくなる現実について説明する。

「食う側」と「食われる側」

 生き物の立ち位置は「食う側」になるか、「食われる側」になるかという構図になっている。

「食物連鎖」という考え方があるが、これが「食う側」になるか「食われる側」になるかをよく表している。

 草の葉をバッタが食べ、バッタをカマキリが食べ、カマキリを小鳥が食べ、小鳥をタカが食べる・・・というのがその例だ。

 そして、「食物連鎖」の頂点には人間が君臨している。人間はひたすら他の生き物を「食う側」で、他の生き物は人間に「食われる側」というわけだ。

 ところがどっこい、その人間も常に「食う側」に立つことはできない。人間は、「食う側」にも「食われる側」にもなりうるのだ。

 食物連鎖の頂点に君臨する人間の天敵は人間なのだ。なぜそうなるのか。それについて説明するために、まずは「人口爆発のメカニズム」について説明する。