日本中が放射線量の増減に一喜一憂していた4月13~14日、胡錦濤総書記は海南島で第3回BRICS首脳会議を主催していた。インド、ロシア、ブラジルに加え、今回から南アフリカも参加した。「BRICs」が「BRICS」に変わったことに気づいた日本人がどれだけいただろうか。

投資銀行が考えた「BRICs」

リビアでの武力行使に反対、BRICSが共同声明

共同会見に臨む(左から)インドのマンモハン・シン首相、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領、中国の胡錦濤国家主席、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領、南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領〔AFPBB News

 「BRICs」という言葉が使われたのは2001年、米投資銀行大手ゴールドマン・サックスが投資家用に作成したニュースレターが最初だったと言われる。

 当時から、広大な領土と巨大な人口を持ち、急成長を続ける新興国家群の存在は関係者の間で注目されていた。

 あれから10年、今年から南アフリカが参加し、イラン高官もBRICs諸国との関係拡大を公言するようになった。

 当初は理念的に考えられ、半ば語呂合わせ的に命名されたBRICsだったが、今や国家グループとして自律的な進化を始めたかのようだ。

 ロシアとブラジルで開かれた過去2回のBRICs首脳会議のテーマは、基本的に経済問題だった。BRICs諸国が、G20と国連の役割を重視しつつ、より平等、多極的で民主的な国際社会・経済システムを目指して協力し合うという一般的な主張だったと記憶する。

 ところが、4月14日に発表された今年の首脳宣言には、微妙ながら重要な変化が見られた。昨年の共同コミュニケと読み比べれば、国連改革、リビア情勢、国際金融システム改革など、前回よりも政治的に踏み込んだ内容が随所に盛り込まれていることが分かる。

2011年BRICS首脳宣言

 今年の首脳宣言中、特に注目すべきは以下の諸点だ(括弧内の注は筆者のコメント)。