(篠原 信:農業研究者)
育児を経験した母親は一様に、出産から3カ月(場合によっては1~2年)の乳児の育児を「大変だった」という。ところが不思議なことに、「特にどういうことが大変だった?」と聞くと首をかしげ、はかばかしい答えが返ってこないことが多い。「ともかく大変だった、ということだけは覚えているけれど、どう大変だったか具体的な記憶がない」という返事の場合もしばしば。
出産後の母親を襲う極度の不眠
2011年の原発事故の対応に追われた班目春樹氏は、当時のことを四コママンガで回想しているのだが、その中で興味深いエピソードがあった。まったく眠ることができなかった数日間の記憶がすっぽり抜けているのだという。その4コマ目には、どうやら人間は眠らないと記憶が固定化できないらしい、というコメントが付されていた。
筆者は昔、4日間一睡もせずに研究したことがある。どうしても決められた時刻までにデータをそろえなければならないので必死だったのだが、最終日、自分でも面白いな、と感じたのが「脳が部分ごとに眠る」ということだった。ある思考が突然フッと消え、別の思考が立ち上がり、やがてその思考もフッと止まり、消えていた思考が起き上がる。どうやら脳は、どうしても眠らないのなら部分ずつでもいいから強制的に眠らせるということを行うらしい。脳が部分部分で寝てしまうので思考を統合することができず、作業効率がひどく悪くなった。
筆者の個人的体験を拡大解釈するわけにはいかないだろうが、身近で統合失調症になった人は、発症する前にひどい不眠に陥っている。発症し始めのときに私は数時間つきあったのだが、脳が部分部分で寝たり起きたりしているのだな、ということが手に取るように分かる言動を取った。さっきまで強く主張していたと思ったらフツッとそれが消え、数十分前の言動が再起動したり。脳が部分部分で強制睡眠させられ、寝たり起きたりが脳内でバラバラに起きるので、思考と記憶が統合できなくなるらしい。昔、統合失調症は精神分裂症と呼ばれていたが、もしかしたら、強烈な不眠のせいで脳が部分部分で寝たり起きたりするのが常態化し、思考が分裂してしまい、統合できなくなってしまうのがひとつの原因なのかもしれない。私も、4日間徹夜だったときに、思考を統合できないことを実感した。