隕石の落下と津波の来襲。不意に襲ってくる大きな災害によって、命を失われてしまう人もいる。『君の名は。』では、そこで失われてしまう大事な人を取り戻すというテーマがストーリー全体を貫く柱になっています。
実はこの「大事な人を取り戻す」というテーマは、イザナギとイザナミの物語以来、日本人に普遍の、非常に胸を打つ題材でもあります。
国生みの神であるイザナギとイザナミは夫婦でしたが、イザナミは火の神のヒノカグツチを産む際に大やけどをして亡くなってしまう。イザナミに会いたい気持ちを押さえられないイザナギは、亡き妻を連れ戻すため、あり得ないことに黄泉の国に足を踏み入れます。
愛しているのに離れ離れになってしまった、家族や恋人という大事な人が亡くなってしまった――「会いたいのに会えないあの人に、なんとかもう一度会いたい」というのは、古くから万人に訴えかけるモチーフです。『君の名は。』はまさにこのテーマを描いた作品で、結果として大ヒットとなったわけですが、『天気の子』では、かなりイザナギとイザナミの物語により近い形で踏襲されています。詳述は避けますが、是非、注目して観ていただきたい点です。
君と一緒に「同調圧力」を切り抜ける
大事な人を取り戻したいというモチーフは、今回は、主人公の少年のみについて描かれていないことも特徴です。映画には、重要な脇役として主人公の少年が世話になる中年男性が登場します。彼には死に別れた妻がいました。彼は今でも亡くなった奥さんを想い続け、満たされない想いでいます。彼が経営するしがない編集プロダクションの名前が「K&Aプランニング」なのですが、おそらくこれは彼と亡き妻のイニシャルから取ったものでしょう。映画の終盤では、少し拡大した感じの彼の会社が「A&Kプランニング」と、亡き妻のイニシャルが前に出てきます。何らかの形で、亡き妻の存在を心の安定と共に取り戻せたことが示唆されている気がします。
大切な誰かにもう一度会いたいという『君の名は。』でも用いられた普遍的なテーマ。『天気の子』では、主人公の少年と脇役の中年男性の気持ちをそれぞれ主旋律と副旋律としながら、素晴らしいハーモニーを奏でており、それだけで多くの人の胸を打つ映画になっています。
そして、より強調したい方の理由、すなわち、『天気の子』の大ヒットを確信するふたつ目の要因の方ですが、それは私見では『君の名は。』ではあまり強調されていませんでしたが、「同調圧力への違和感とその乗り越え」が爽快感を伴う形で非常に鮮烈に描かれているということです。
この映画のもう一人の主人公、ヒロインの少女は、「天気の巫女」の末裔という設定です。具体的には、「晴れを望む世間」の要望に応えるべく、自分の身体を犠牲にしつつ、祈りをささげる存在です。もちろん、世の中の役に立つということは、自らの喜びでもあるわけですが、「公」のために「私」を犠牲にすることは度を過ぎると悲劇になります。実際、作品中では、何度も晴れを祈り続けたヒロインは、やがて地上から消え失せてしまいます。
毎日毎日、雨が降り続く状況は「異常だ」と誰もが思っている。その異常を解消するためには、そして何より、大好きな主人公の少年がそれを望むなら、わたしが犠牲になって、「正常」に戻すんだ――ヒロインはそんな心情で、祈り続け、ついに雲上の存在となります。
彼女を取り戻そうと思った主人公の少年は、イザナギよろしく自らも雲上の世界に赴き、(多分に私の解釈も含みますが)彼女にこんなふうに訴えます。みんなのために犠牲になることはない。自分は自分でいいんだ。そもそも今は本当に異常なのか? 観測以来の異常気象だとか言われているけれど、そんなのはたかだかこの100年くらいの話だ。1000年、2000年、もっと長い期間で地球を見たら別に異常じゃないかもしれない。雨ばかりの世の中だっていいじゃないか、もっと大切なものを守るためなら――。
つまり、周囲が「異常だ」と思っていることだって、ちょっと見方を変えればちっとも異常なんかじゃないかもしれない。周りの同調圧力に屈することなく、個の権利をもっと主張したっていいじゃないか。僕たちはそういう自由を持っているはずだ、と。
二人が地上に戻ってきた際に、ヒロインが首に巻いていたチョーカーが切れてしまいます。これは、彼女が母の形見のブレスレットを加工したものなのですが、周りのために自分は我慢しようとするのをやめた途端、“首を絞めつけている”チョーカーが切れるというのも非常に象徴的です(チョーカーの原義は、
また、『天気の子』には「Weathering With You」という副題が付いています。「Weathering」の「Weather」にはもちろん「天気」という意味がありますが、動詞としては「(困難などを)切り抜ける」という意味もあります。つまり副題は「君と一緒に切り抜ける」という意味なのです。非常に大きい障害や敵の存在を前に一人で戦うのは大変だけれど、大事な人、信頼できる人と一緒なら切り抜けられる。そういう意味合いのサブタイトルです。
この「協力して同調圧力と戦おう」という二番目のテーマがなぜヒットに結び付くのかと言えば、おそらく潜在的に今の日本の人々は、極めて強い同調圧力に晒され、個々人の意見を言いにくい状況に追い込まれていて、そのことに潜在的に強い閉塞感を感じているのではないかと思うからです。