職人肌の政治家の消失

 野党が弱い二つ目の要因は、野党側の人的要因です。現在の野党は、全く団結が出来ていません。それは「人」の要素が非常に大きいのです。

 歴史を振り返ると、政党同士の大同団結には、さまざまな軋轢がありました。全く別の党が一緒になるのですから衝突するのは当たり前です。そこで大同団結が出来るかどうかは、調整役を担うフィクサー的人物がいるかどうかにかかっている場合がほとんどです。例えば、自民党が誕生した「保守合同」のときに活躍したのは三木武吉氏でした。『誠心誠意、嘘をつく』という評伝もあるような政治家ですが、ある意味で自分を捨て、とにかく大義のために団結しようと呼びかけ、手練手管、腹芸も使いながらまとめていく。そういう汗をかく人物が、今の野党に見当たりません。きれいごとの議論はできても、裏方で汗をかける政治の玄人がいない。これがなかなか団結が出来ない要因の一つでしょう。

 野党が弱い三つめの原因は全世界的に発生している構造的要因です。25年前には全く想定ていていなかったレベルでインターネットが発達したということです。

 数カ月前、内閣官房で一緒に働いたこともあり旧知の間柄である国民民主党代表の玉木雄一郎氏と会う機会がありました。そのとき玉木氏はこういう趣旨のことを言っていました。

「ネット社会の中では、われわれのように極端な右でも左でもない真ん中の政党は生き残りにくい 。というのも右側の政党・政治家は、左側の政党・政治家から叩かれるけれど、同時に右の人たちが強力に支持してくれる。敵もできる一方、強力な味方がいるので、ネットの中でも存在感が非常にある。左側の政党・政治家にも同じ構図が当てはまる。

 ところが真ん中の党や政治家は、左右両サイドから叩かれはするけれど、強力な味方はいない。真ん中の政党に票を投じる人たちは『サイレントマジョリティー』で、『熱狂的な中道派支持者』という人はいない。当然、ネット社会では存在感を持てず、埋没してしまいがちだ」

 実はこれは世界的な傾向でもあります。インターネットがあるのが当たり前の世の中になり、世論が分極化する「ポラライゼーション(polarization)」という現象が広く見られるようになりました。ネット社会には、極端な言説のほうが注目を浴びやすいという特徴があります。日本では「ネトウヨ」という言葉も生まれましたが、これもネットが発達したからこそ生まれた現象で、そうした人々は保守派、それも極めて右寄りの保守派の人々を熱く支持する傾向が強いのです。またアメリカで、ツイッターを駆使し、過激な発言を発信するトランプ氏が大統領に当選したのも、やはりこうしたネット社会の進展の影響が大きいと言われています。

 インターネットで流通するニュースは、旧来のテレビや新聞とは異なり、個人の興味や嗜好に合わせたニュースが配信される仕組みにどんどん変わっていっています。つまり、個人の思想に合わせ、その人に好まれそうなニュースが次々提供されるようになっていくので、右の人は右寄りのニュースばかり、左の人は左寄りのニュースばかりを読むようになります。英語のことわざに、「You are what you eat(あなたはあなたが食べたもので出来ている)」というものがありますが、個人の思想信条は「何を読むか」で決まってきます。つまり「You are what you read」なので、今後、極端な思想信条を持つ人の割合が急激に増えてくるかもしれません。

 この状態がどんどん進むと、中道系の政党はどんどん弱体化していきます。万人受けの「キャッチ・オール」を目指しているのに、ネット社会で左右両側から攻撃され、熱烈な支持者は増えていかない。これでは党勢もじり貧です。

 こうした特殊要因、人的要因、構造要因が相まって、残念ながら、野党は自民党に対抗できる勢力に育ちにくくなってしまったのです。今回の立憲民主党の立ち位置が典型だと思いますが、「反対、反対」を唱えるいわゆる「野党戦略」を取り、政権を取りに行く迫力はないけど、野党としては存在感を示して生き残る、という野党だけが残り、自民党への「対抗」は覚束ない状況が続いてしまいます。

 では野党は弱いままでよいのでしょうか? 私個人としては、「野党低調」の大きな流れがあったとしても、やはり政権交代可能な、バランスの取れた健全な二大政党制が必要だと考えています。

「野党が育たないのなら、中選挙区制に戻し、自民党の主流派・非主流派が交代する派閥政治でもいいじゃないか」という議論もありますが、私は中選挙区制に戻すことにも賛成できません。そうなれば、きっと金権政治や派閥政治が復活するでしょう。今の日本は既得権益を断ち切るような迫力ある改革が必要な時期です。その意味で、やはり1994年当時に目指された、政権交代が可能な二大政党制に期待したい。もちろんそのためには、政権を担える現実的な野党が育たないといけません。

 制度設計は二大政党制になりやすいようにできています。後は野党がその行動で有権者の信頼を取り戻し、複数の政党をまとめ上げる人物を輩出し、そしてネット社会の分極化を乗り越えるような支持をコツコツ積み上げていくしかありません。そうした努力なしにはますます野党は自民党支配とネット社会の中で埋没していきます。この惨敗を機に、野党には奮起を促したいと思います。