世界経済のリーダーとして相応しい発言をしたのはトランプではなく習近平
実はこうした傾向は、2017年7月にドイツのハンブルクで開かれたG20から続いている。しかし日本ではこの現実への論考があまりなく、絶えず報道されるのはドナルド・トランプ米大統領の動静ばかりだ。そのため日本人の多くは、この現実を見過ごしてしまっているのである。
かたや米国のトランプ大統領は、多国間協議の場であるはずのG20でも、自国の国民へ向けたアピールに余念がなかった。
「米国は我が国民すべてを力づけるデジタル貿易の未来を得るように努力する」
いつもの「アメリカ・ファースト」の主張に終始したトランプ大統領と「正論」を堂々と述べる習近平総書記。比べるまでもなく、世界経済をけん引する大国のリーダーとして相応しい発言をしたのは習近平総書記のほうだった。
「われわれは多角的貿易体制を強化し、世界貿易機関(WTO)に対して必要な改革を行わなければならない」
こう発言した習近平総書記は、さらにこう踏み込んでみせた。
「自発的な輸入を拡大させる。我々はさらに、課税率の水準を自発的に引き下げ、非関税貿易障壁の解消に努め、輸入プロセスの制度的な取引コストを大幅に削減する」
関税引き上げで、自国内に引きこもろうとするトランプ大統領とは対照的に、自由貿易を推し進める姿勢を示して見せる。20年前のアメリカのエコノミストたちがこの習近平の発言を耳にすれば、アメリカ大統領の発言と信じ込んでしまうだろう。そして「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領の発言を聞いて、腰を抜かすことだろう。
習近平総書記が自由貿易の担い手を宣言するのは、いまが世界経済におけるリーダーシップを握る絶好のチャンスととらえているからに他ならない。むしろその好機を中国に与えているのは「俺はタリフ(関税)・マンだ」と自負するトランプ大統領だということに気が付いているのだろう。
関税を課すことは「米国の経済力を最大限に利用する最善のやり方だ」として、「今、何億ドルもの関税を取っている。アメリカを再びリッチにする」(18年12月5日のツイート)と述べるトランプ大統領は、それと引き換えに米国の世界経済におけるリーダーシップを中国に献上しようとしているわけだ。
カナダではアメリカへの「不支持率」が79%に
これは何もG20での米中首脳の発言の印象論ではない。
世界のリーダーとしての評価は、米国よりも中国のほうが高まっていることは、米国の世論調査会社ギャラップがすでに明らかにしている。
同社は世界133カ国・地域で行った調査によると、米国のリーダーシップに対する支持率の中央値は、オバマ氏が大統領であった09年~16年まで平均して約46%であったのが、トランプ氏が大統領に就任した17年に30%まで急降下し、31%の中国に逆転されてしまったのである。
トランプ政権2年目の17年には米国のリーダーシップに対する支持率はなんとか1ポイント回復し31%となったが、それに対して中国のリーダーシップに対する支持率は34%と3ポイントも上昇し、米中の支持率の差は拡大した。
地域別にみてみよう。特に深刻なのは不支持率のほうだ。米国がかろうじて中国より支持率を獲得している中南米でさえ、その不支持率は米国53%で中国の33%を大きく上回る。とりわけ、北米自由貿易協定(NAFTA)をめぐって、トランプ政権から厳しい貿易交渉を迫られたカナダでは、米国のリーダーシップへの不支持率はなんと79%に達している(支持率は過去最低の16%)。
欧州では支持率は米国24%に対して、中国は28%。不支持率は米国59%で中国44%だ。
アジアでも同様のことが起きている。アジア全体で見れば支持率は米国32%、中国34%だが、特に中国と対峙している台湾でも支持率は36%に留まり、不支持率は42%と支持率を上回っている。
こうした傾向は日本でも同じだ。言うまでもないが日本は米国を「唯一の同盟国」として安全保障条約を結んでいる。そんな日本でも米国への支持率は34%しかなく、不支持率39%を5ポイントも下回っているのである。
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こうして、トランプ大統領による「アメリカ・ファースト」外交は、米国のリーダーシップに対する国際社会の支持率を大幅に引き下げ、中国の世界的プレゼンスを高めるのに多大な貢献をしていることになる。トランプ外交は、なんとも皮肉な結果をもたらしているのだ。