パルドは続ける。「まず、私たちはここ10~15年で、プライバシーというものを失ってしまった。過去を振り返ると、私の自宅は他人を簡単には侵入させない、まさに“城”だったが、今はその“城”がスマートフォンになった。スマホにはありとあらゆるものが入っており、外部からでも、人々が何を観て、何を考え、今何をしているのかについて、情報を獲得できてしまう。あなたに危害を加えることもできる。これが今日、私たちが直面している脅威なのだ。子供も含めたすべての人間がそんな世界におり、非常に注意する必要がある」

 イスラエルの諜報機関を率いてきた人物の言葉には説得力があった。それこそが彼がモサド長官時代から見てきた「現代の姿」であり、モサドが諜報活動に活用してきた部分でもあるだろう。

 あまりにも便利な「道具」を受け入れた私たちは、暮らしに重要な「プライバシー」を手放してしまったということだ。ただもう後戻りはできない。一度便利さを知ってしまえば、それを捨てるのは難しいからだ。

 そしてパルドはこう言った。「いまだに、政府がすべてを解決できるという間違った考え方をしている人たちがいる。すべての企業、すべての地方都市などが、自分たちでサイバー攻撃に立ち向かうべきである。自分たちの問題だと自覚しなければならない」

 イスラエルのような「そこにある脅威」に直面していない日本人には、こうした話はなかなか届かないかもしれない。だが「令和」の時代には、5G(第5世代移動通信システム)やIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)が普及し、私たちの情報はますます蓄積されていくし、デジタル化もさらに進む。

 日本人も、百戦錬磨のモサド元長官の言葉を受け、城を守れるのは自分たちだけであると、認識すべき時なのかもしれない。

山田敏弘
ジャーナリスト、ノンフィクション作家、翻訳家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などを経て、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のフルブライト研究員として国際情勢やサイバー安全保障の研究・取材活動に従事。帰国後の2016年からフリーとして、国際情勢全般、サイバー安全保障、テロリズム、米政治・外交・カルチャーなどについて取材し、連載など多数。テレビやラジオでも解説を行う。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文芸春秋)など多数ある。

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