(文:冬木 糸一)
タコというのはなかなかに賢い生き物で、その賢さを示すエピソードには事欠かない。
たとえばタコは人間に捕らわれている時はその状況をよく理解しており、逃げようとするのだが、そのタイミングは必ず人間が見ていない時であるとか。人間を見ると好奇心を持って近づいてくる。海に落ちている貝殻などを道具のように使って身を守る。人間の個体をちゃんと識別して、嫌いなやつには水を吹きかける。瓶の蓋を開けて、中の餌を取り出すことができるなどなど。
タコには5億個ものニューロンがあり(これは犬に近い。人間は1000億個)、脳ではなく腕に3分の2が集まっている。犬と同じニューロンってことは、犬ぐらい賢いのかなと考えてしまいそうになるが、タコは哺乳類らとは進化の成り立ちが根本的に異なるので、単純な比較は難しい。では、いったい彼らの知性はどのように生まれ、成り立っているのか。神経系はコストの高い器官だが、それが結果的に生き残ったのはなぜなのか。それは我々が持っている知性や心といったものと、どのような質的な差異があるのだろうか──といった疑問点に対して、いくつかの仮説を提示・紹介していくのが本書『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』である。
“頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある。それは何も、私たちが歴史を共有しているからではない。進化的にはお互いにまったく遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくったからだ。頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。”