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(文:内藤 順)

 今年読んだ新書の中で、文句なしにNo.1の一冊。平易な文章で書かれ、分量もコンパクトだが、奥が深い。

 昨年、『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか』がヒットして以来、教養とビジネスの関係に注目が集まっているが、本書もまた同様の趣きをもっていると言えるだろう。

 著者の片山杜秀氏は、クラシック音楽の歴史を追いながら、顧客が誰であったかという点にフォーカスを当てていく。さらに顧客のニーズを満たすための要件が、どのように時代を推進する装置になり得たかという解説にも余念がない。だからどんなビジネスマンが読んでも面白い。

時代にあわなかったバッハとモーツァルト

 この背景には、音楽というジャンルが文学やアートに比べて、時代のニーズの影響をダイレクトに受けやすいという特性がある。

 音楽は演奏され、誰かが聴いてくれることではじめて成立する芸術だ。再現するために多大な人的・物的動員を要するジャンルの常ではあるが、事前にスポンサーとの合意を得なければ世に知らしめることすら難しくなってしまう。そこが、一回印刷されれば誰でも読める文学作品や、一度描いて飾っておけば誰にでも見られる絵画とは一線を画すのだ。

 本書は、冒頭でヨーロッパ音楽史の起点を中世に成立したグレゴリオ聖歌に求める。音楽を受け取る主役の座がその時点で教会であったことは言うまでもないが、それがやがて王侯貴族、さらには大都市の市民層へとダイナミックに移り変わっていく。

 多くの人にとってのクラシックの系譜は、バッハ→モーツァルト→ベートーヴェンの順に記憶されていることだろう。本書における紹介もその例に漏れるものではないが、バッハとモーツァルトについては、それぞれが必ずしも時代のニーズに応えられてはいなかった。