創薬・ヘルスケア領域におけるAI活用と
そのKey Success Factor

前田:日本では創薬力も成長基盤の一つに位置づけており、昨年末、緊急パッケージとして日本創薬力強化プランが発動されました。「創薬AI」もよく報道されますが、AIPでも何か取り組みがあるのでしょうか。

上田:創薬に関しては、AIPは、PRISM(官民研究開発投資拡大プログラム)というファンドに協力体制を敷き、AI技術で後方支援を図っていきます。日本の創薬力は停滞と言われますが、創薬の前段階の創薬ターゲットの特定でも特許料が得られるので、まずは創薬ターゲット探索から着手しようと、プロジェクトが立ち上がったばかりです。

 他には京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と連携し、大学や企業と共同でiPS細胞を使った新薬開発に取り組んでいます。例えば、認知症の6割強を占めるといわれるアルツハイマー病(AD)の薬は進行抑制が主な効果です。一般に、創薬にはコストと承認までの時間がかかります。一方、世界で承認されている薬の総数は約1,200くらいあります。これら既存の1,200の有効成分の組み合わせによって、アルツハイマーの予防や改善につながるターゲットを探るという研究アプローチが有望です。

 このような研究は当然臨床では難しいのですが、iPS細胞を“シミュレータ”にすることで可能になります。1,200の膨大な組み合わせとその分析の際、AIPはこの実験計画の効率化をAIで支援します。また、iPS細胞を画像や遺伝子レベルで分析することにより、保存に耐えガン化しにくい株の抽出と豊富なストックの整備にも貢献できると考えています。

 この他、AIの対話研究を認知症対策に適用する取り組みとして、ロボットを活用したコミュニケーションで認知レベルの推定や改善などに着手しています。ロボットが共想法に基づくコミュニケーションでMC役となって、特定の話題や話し手に偏らないように会話を活性化するわけです。現在はすでに倫理審査等を終え、本格的に個々の施設との調査研究を進めていく段階にきています。

前田:ここ数年、産官共にRWDの活用が急速に進められています。イノベーションにおけるテクノロジーとビッグデータの位置づけについてお聞かせください。

上田:AIの開発は先ず価値創造の目的やゴールの設定があり、その目的に沿った設計論が開発技術より非常に重要で、その目的に応じて何のデータをいかに収集するかがカギになってきます。AIとビッグデータが連携していく上での必要条件は、モデリングに資する「高質なデータが循環する環境」の整備です。

 例えば、国立がん研究センターは肺がんに関して、世界トップ品質のリアルワールド・データを1,000症例以上持っています。今後、オミックスのような多様なデータを扱うときに、こうしたデータが戦略上アドバンテージになります。その前提として、同センターでは手術などのログがきっちり整備、管理されており、その環境に関わる方々の理解と認識が十分共有されています。

 また、もう一つの例ですが、東北メディカル・メガバンク機構では、東日本大震災の被災地住民の大規模なコホート研究によって、約15万人のRWDを保有しています。AIPでは、このコホートデータに含まれる異常値を整形し精緻化するキュレーション技術を開発し、活用いただいています。

前田:どれだけ良いデータを集められるか、モデリングをどれだけできるかというところのサクセスファクターは、どの辺りにあるとお考えでしょうか。

上田:近年、創薬は複雑化高度化しているといわれますが、これまで培ってきたノウハウや知見は豊富にあるはずです。iPS細胞のお話で触れた画像解析など、画像診断の企業が今までのノウハウを持っておられたからこそプロジェクトが進んでいます。コモディティ化が加速する中で、新たな価値を創出していくには、一つの組織や業種で何かできるという時代ではなくなっています。IoTなどで様々なものがインターネットで繋がる社会においては、新たな価値創造にも異業種との連携によって取り組むことが必要ではないでしょうか。