今回、日本でのRWDの展望について、医師でありながら「医療分野における意思決定プロセスの開発」という研究の第一人者として活躍する矢作 尚久(やはぎ なおひさ)氏を招き、お話をうかがった。モデレーターを務めたのは、アイ・エム・エス・ジャパン株式会社(以下、IMS)でIMSコンサルティンググループを統括する前田琢磨氏である。

医師の意思決定を支援し、
より精度の高い治療を実現する問診と言うRWD

(以下敬称略)

前田 日本の中枢で次世代医療ICTの検討に関わっている矢作先生をお招きし、RWDを活用したこれからの医療についてお話をうかがいます。まず矢作先生の取り組みは、実際の医療現場において、RWDをどのような意思決定に活用されているのでしょうか。

前田 琢磨 氏
前田 琢磨氏
アイ・エム・エス・ジャパン株式会社
IMS Consulting Group 事業部長

矢作 国立成育医療研究センターでのプロジェクトにおけるRWDの話と、そもそも医療ICTをどのように診療現場での意思決定に活用できるようにするか、2つの視点があると思います。
前者では、患者さんなどの様々なデータから、薬の使用実態を探っています。実は子供たちの薬は治験困難な領域であり、なかなか実態把握ができていません。従って、日本の子供における薬の使用実態に関する情報の集積・分析だけでも、一つの意思決定につながると考えています。
後者の部分は、自分がプロジェクトとして取り組んできたことです。現在の電子カルテ情報には、医師が診断結果に至るまでに何をもって意思決定をしたのか、という部分が抜けています。

前田 記載が抜けている場合もあるし、あるいは記載されていても情報が整理されていない中で、カルテを見ただけでは「ここを決定要因として意思決定をした」ということがわからないわけですね。

医師:矢作尚久先生
医師 矢作 尚久氏
国立成育医療研究センター臨床研究センターデータ科学室室長代理
内閣官房健康・医療戦略推進本部次世代医療ICT基盤協議会構成員

矢作 まさにその通りです。そこで着目したのが問診データです。過去から現在までの問診の中で、どのキーワードが診断、検査、治療の意思決定に繋がったのか、という情報がログとして残っていれば、目の前の患者さんをより正確に把握できるのではないか、と。
患者さんは必ず何かきっかけがあるから病院に来ます。医師は、問診の中でそのきっかけを捉えて、患者さんとの正確なやり取りをし、必要で適切な検査・処置・治療を行う。これが、一番シンプルな意思決定です。もう一つ重要なのは、医療行為において、確率論的な意思決定は行われない、ということです。患者さんはくじを引くような診療を望んでいません。例えば、腹痛で患者さんが来たときに、95%は胃腸炎だとしても、5%は別の疾患で例えば虫垂炎かもしれない。あるいは、知識・経験・記憶した内容からどうとっても整合性がとれない、違和感がある、という場合には「何か見逃しているかもしれない」という意識で検査を追加したりするわけです。
これらの意思決定のモジュール、つまり患者さんの状態を正確に把握し、それに対する診断、検査、治療という一連のデータがログ内にあれば、これは少なくとも診療の現場の実態をかなり反映していますよね。

患者とのエンゲージメント(信頼関係)を促進する
RWD(問診データ)のシステム活用

前田 国立成育医療研究センターでは、問診システムの整備などを行ってRWD収集を行っていらっしゃいます。このような実践を通して証明できた成果はどのようなものがあるのでしょうか?

矢作 問診システムを導入した4つのクリニックで、導入前後の診療時間の変化に関するデータを集めました。すると、問診システム導入前に約9分だった問診時間が、約6分に短縮されたことがわかりました。
問診時間を3分短縮できた分、患者さんに説明する診療時間が増え、患者さんの満足度が非常に上がりました。

前田 一方で、見えてきた課題などがありましたらお教えください。