矢作 課題はどうしても、システムの見た目の動きに向きがちです。例えば、システムに関して「こうしたほうがいい」といった意見もありますが、それはアプローチの仕方、見方が違うだけで、演算すると結局同じであり、内容的にはすべて盛り込まれているのです。従って、課題はシステムというよりは、どちらかというと「ヒト」にあると思います。つまり、ICTへの理解を深めることが必要なのです。
また、集積データの利活用については、個人情報の課題もあります。例えば生年月日の有無で個人情報か否かが議論されますが、小児科の場合などは、特に生年月日情報を必要とします。生後何日というスピード感で診ていくこともあるからです。さらに、「問診システムが医療情報かどうか」という論点については、「患者さんのメモ」として分けて扱っています。医師が問診として認めてカルテに入ってくる段階で医療情報になる。このようにルールと情報の所在を明確にすることや、個人の意思を尊重し、同意を前提とすることで、課題の解決を図っています。今後、医療ICTを用いた診断・診療における文化の醸成を促し、法や制度の整備を進めることができれば、医療のICT化は加速するでしょう。

国立成育医療研究センターにて                                          

情報による“開国”、日本から創発していく未来の医療

前田 今のお話にも出たような課題が徐々に解決され、患者さんと医師が情報を通して対等な関係になる文化が醸成されていった暁には、我が国における医療の未来はどのようにひらけていくのでしょうか。

矢作 人工頭脳的な意思決定の仕組みができてくると、診療の多くの部分は自動化されてラクになります。それは、医師たちが患者さん一人ひとりに向き合う時間が増え、十分な理解と納得を得られるような環境が整備されるということであり、結果として患者さんの満足度をあげていくということに繋がるのです。逆に、データというブレのないものを、コミュニケーションという非常にアナログなものにどう変換するか。我々医師には、より一層その能力が求められるようになると思います。
また、医療支援を必要としている人や、その状態が明確にわかるような基盤ができれば、医療費の最適な予算計上や配分を行うことができますし、患者さんの状態をはじめ、検査や治療が可視化されるようになれば、来院の必要性がかなり軽減されるようになるかもしれません。

前田 情報というものは、誰にとっても客観的な存在なので、情報を介して人間関係はフラット化し、世界もオープン化していきます。その結果、人間の判断力や意思決定という素の能力がより競争力の差になってくると思われます。国民皆保険制度という、日本が世界に誇るべき立派な保険システムなどはあるにしても、ある意味で「鎖国」に近い状態に、情報というものを通して黒船がやってきている。そうしたなかで、日本は戦える状態にあるのでしょうか。