Society5.0に代表されるように、ICTの急伸であらゆるものがデジタル化されてつながり、社会のシステムが激変しようとしている。記録、伝達、観察における情報のデジタル化、センシング化により日々膨大なデータが産生され、さらに、コンピューティングの処理機能向上やアルゴリズムの組合せ等により、社会システムの変容は加速していく。

そのなかで医療のシステムにおいても、問診票、カルテなどのEHRや、CT、MRI、レントゲンなど画像のデジタル化やセンサー技術が伸展し、データの急増と共に意思決定者(医師)への一極集中が進むなど、さまざまな変化が起こりつつある。

今回は、京都大学医学部附属病院 医療情報企画部 教授の黒田知宏先生をお招きし、医療ビッグデータ時代の世界に冠たる日本の医療提供体制の姿について、医療機関や医療従事者の視座からお聴きした。モデレーターを務めるのは、IQVIAの日本法人 IMSジャパン 取締役、テクノロジーソリューションズ担当の前田琢磨氏である。

 

ビッグデータ時代の医療体制の姿はこれまでと何が変わるのか

(以下、敬称略)

前田 ビッグデータ時代の医療機関は、これまでと何が変わるのでしょうか。まずはそのあたりについてご意見をお聞かせください。

黒田 知宏 氏
京都大学病院 医療情報企画部 教授

黒田 ビッグデータ時代と言われますが、実は病院においてはビッグデータを使うまでに至っていません。現在はまだIoTでビッグデータが作られている段階です。医療現場では機械化が一気に進みましたが、医療関係者は、センシングとITシステムによって常に膨大なデータがこんこんと湧き出ている中で仕事をしている状況で、データの活用はこれからです。

前田 医療機関の医療情報企画部という職務で、どのような取り組みをされたのでしょうか。

黒田 医療現場のタスクを減らし、診療や看護のためのリソースを十分確保するための仕組みづくりです。IoTを利用した一事例として、京大病院で開発・導入したバイタルデータターミナル(VDT)が挙げられます。これは、看護師さんがベッドサイドにある装置にデバイスをかざして確認ボタンを押すだけで、その患者さんのデータを自動的に電子カルテに書き込むシステムです。患者さんのベッドサイドに居るということをコンテキストとして利用して、4W1H(いつ、どこで、誰が、何を、どのように)の情報を半自動計測・記録できるわけです。


拡大画像表示

さらに将来的には、機械が看護師さんを「患者さんに薬Aを投与しようとしていますね。電子カルテでの指示通り1時間に何ミリリットル投与するようポンプをセットしました」などとサポートしてくれて、看護師さんは確認ボタンを押すだけで薬剤投与業務が済んでしまうようにすることを目指しています。ヒューマンインターフェイスの言葉で「人間機械系システム」と言うのですが、人間と機械がペアになって一緒に仕事をする世界です。

前田 最近、人工知能に対する期待が高まっていますが、あえて人間が関わる意味についてもう少しお聞かせください。

黒田 京大の放射線科の先生が北米放射線学会で報告されていますが、人工知能の深層学習を使った画像診断支援ソフトの計測率や判断率は、機械単体では人間より低いのですが、人間と機械がペアになって仕事をすると一気に上がるそうです。2人の人間によるダブルチェックや、2つの人工知能による作業よりも、人間と機械のペアの方が能力は上がるそうで、これは「頭の使い方」が違うからだと言われています。

相手(コンピュータ)の思考パターンを理解したうえでコミュニケーションをすると2倍にも3倍にも作業能力が上がる可能性があり、これはただの効率化の話ではないんですね。このような人間機械系システムの典型が飛行機です。今の飛行機は一個の巨大なコンピュータになっていて、飛行機とパイロットが協調して飛行機を飛ばしているわけです。