理論(演繹)と学習(帰納)を循環しながら進化していくAI研究

前田 琢磨氏
IQVIAソリューションズ ジャパン株式会社
取締役 バイスプレジデント
テクノロジーソリューションズ担当

前田:今、第3次AIブームと言われますが、これまでのAI研究からどう変化してきているのでしょうか。

上田:学術的には、最初は記号処理を扱う汎用基盤技術がAI研究の中心でした。計算機ができて、そこに人間のような知能を持たせたいとなり、人間の言語に当たるシンボリックな推論ロジック、いわば演繹的なアプローチを求めたのです。でも結局、人間の常識的概念を全部ルール化するのは難しく、実用には至りませんでした。その後に、深層学習のルーツとしてのニューラルネットワークが出現しました。

 しかし、当時は現在のようなビッグデータもなかったので、実用的にはまだまだでした。そして、ハードウエアの進歩とビッグデータの普及によって、今ようやく開花する時代になったわけです。複数のデータからその背後にあるモデルを学習するという考え方でいうと、こちらは帰納ということになります。学術的にはそういうイノベーションが起こっているわけです。

前田:理論(演繹)をベースにモデルを構築し、実践を通して学習(帰納)するサイクルを繰り返すと、モデルの精度が上がって、「これが正解」というものが整理されてくるわけですね。

上田:はい、おっしゃる通りです。例えば、私が防災科学技術研究所との連携で取り組んでいる防災・減災のプロジェクトでは、数十年内の首都直下型の地震発生を想定し、そこからインフラや重要な建造物の被害を推定し、補強や対策に関する研究を進めています。防災科学技術研究所は、地盤の揺れ方に関する3次元構造のシミュレーションモデルを持っていて、理研のスーパーコンピュータ京でその精度を高めるためにシミュレーションしています。

 その際、過去の膨大な地震データを使って、まさに帰納的学習でパラメータを推定すると、モデル自身が洗練され、正確になっていきます。これを使うと「疑似データの作成」、「地震のシミュレーション」、「詳細な被害レベルの予測」という循環ができます。この例のように目的志向型AIの研究開発では、災害や防災の専門家(演繹)と機械学習の専門家(帰納)がうまく総合的に連携することが非常に重要です。