スポーツ史に残るあの名場面、語り継がれるあの選手。あるいは、名もなき人々が成し遂げた偉業。名前を知られることなく消えていったプレイヤー。絶体絶命からの逆転劇。スポーツにはいくつもの人生のリセットが詰まっている。そんな人々の挑戦や戦いを見届けた、ノンフィクションの名作を紹介する。

スポーツを題材にした小説4編の紹介はこちら
ダメだ、と思ったところから始まるスポーツ小説4選
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53234

大友信彦 釜石の夢 被災地でワールドカップを

 2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップの開催地12カ所が、2015年の春に発表された。既にスタジアムを擁する大都市が並ぶ中に、スタジアムどころか住宅すら整備途上のその町の名があった。──岩手県釜石市、である。

 ラグビーに詳しくなくても「新日鐵釜石」の名前は聞いたことがあるのではないだろうか。実業団時代の1978年から84年にかけて日本選手権7連覇という偉業を達成し、ラグビーといえば釜石、と全国の人に印象付けた。その後、会社の組織変更などもあり、現在はクラブチームの釜石シーウェイブスRFCとして活動している。

 釜石市は2011年の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた。多くの人命が失われ、家屋が流された。シーウェイブスの選手やスタッフの安否も当初はわからなかった。OBたちは現地に飛び、その惨状に打ちのめされた。だがその中から「釜石でワールドカップを」という小さな声が上がる。震災からわずか2カ月、まだ行方不明者の捜索は続いており、仮設住宅さえできていない。スタジアムもない。夢物語だ。だが釜石には、その「夢」が必要だった。明るい話題が、将来の展望が、俯いていた人々を少しずつ動かしていく。

 本書はワールドカップ誘致に向けて釜石の人々とシーウェイブス関係者が何を思い、どのように活動し、どう変わっていったかを、震災当日から順を追って綴ったノンフィクションだ。大きな箱は要らない、釜石という小さな市の身の丈にあったスタジアムを、復興と感謝のシンボルとして、津波に見舞われながら小・中学生が全員助かり「釜石の奇跡」と呼ばれた鵜住居(うのすまい)の学校跡地に作ろう。未曾有の困難を乗り越えた人たちの姿を全世界に伝えよう──。

 悲しみと喪失の中にあった被災地の人々が、顔を上げ、未来を向いた。大きな、そして力強いリセットの物語である。