勝敗がはっきり決まる。結果が数字ではっきり現れる。スポーツはそんなシビアな世界だ。そこには必ず、敗者がいる。脱落する者もいる。負けたとき、次に向かう気持ちはどこから来るのか。脱落したとき、人は何を求めるのか。一度は負けた者たちが過去をリセットし、もう一度立ち上がる──そんなスポーツ小説を紹介する。
山際淳司 タッチ、タッチ、ダウン
残念なことに、今、アメリカン・フットボールは、ゲームの面白さや観戦の楽しさではなく社会問題として有名になってしまった(2018年5月、日本大学の選手が関西学院大学のクォーターバックに危険なタックルをして負傷させた)。これはアメフトを愛する人々にとってとても悲しいことだろう。世界中に多くのファンを持つ、とてもエキサイティングなスポーツなのに。
『タッチ、タッチ、ダウン』は、スポーツノンフィクションの第一人者であり小説家としても活躍した山際淳司が、1995年に46歳で急逝する2カ月前に出版された長編小説だ。学生時代にアメフトの選手だった勇二は今も休日にはクラブチームでプレイを続けているが、仕事では上司と諍いを起こして退職、妻とは別居中と、どうもパッとしない。かつてアメリカの伝説的プレイヤーが米軍基地にいると知った勇二は、何かの転機になるのではと試合を申し込む。
本書には複数のリセットが描かれる。過去の夢に再挑戦する勇二だけでなく、脚力を見込まれてスカウトされた元掏摸の田村や、アメリカの学生アメフトのヒーローでありながらなぜかプロには進まなかったマクリーンもそうだ。彼らの後悔や葛藤は、決してアメフトについてだけではない。むしろ社会に出てからの鬱屈の方が大きい。だから若い頃に打ち込んだアメフトを通してもう一度、あの「必死だった自分」を取り戻したいと願うのである。
中年の彼らにはNFL(National Football League)のようなプレイはできない。だが、まるで学生に戻ったかのような気持ちでボールを追ううちに、彼らはチャレンジの心を取り戻していく。スポーツに限らず文科系の部活であっても、若い頃に何かに打ち込んだという事実は、社会に出て競技を離れてからもずっと心の中に支えとして残るのだ。今、アメフトに真摯に向き合っている学生たちにとって、その経験が良き支えとして彼らの中に残ることを願ってやまない。