第三者による事業継承は、実はなかなか難しい。だが、「こんな劇的な成功例もある」という見本のような話を伺った。
ケージーエス(埼玉県小川町、以下「KGS」)は、かつてソレノイド(磁石の力で棒を突き出したり、引っ込めたりする機構)の専業企業であったが、今では点字ディスプレーや点字ラベル作成機など視覚障害者向けの情報機器を中心に製造・販売する会社だ。
中でも基幹部品の「点字セル」は圧倒的なシェアを持っている。点字セルとは、点字をパソコンで表示する機械であり、「点字ディスプレー」の部品として用いられる。指示に従って複数のピンを上下させる仕組みとなっており、通常、数個~数十個を並べて使う。
同社の点字ユニットは、4~8文字を表示するユニットになっている。実用に使うディスプレーは、8文字表示のユニットを4~5個用いて、32~40文字を一度に表示する。
利用者が指でなぞり終えると、次の文字群が表示されるようになっている。
この点字ユニットのピンを駆動するのに、かっては自社製のソレノイドを使っていたが、ソレノイドは小型化が難しく、熱を持つ上、上下するたびに、「カチッ」という音がする。一つひとつの音はたいしたことがないのだが、200本以上のピンが一斉に動くと、かなりな音になる。
そこで苦労しながらピエゾ素子を使った駆動装置を開発した。ピエゾ素子とは電気が流れると金属板が曲がる性質を利用したモノで、小型軽量、かつメンテナンスフリー。しかも、価格も安くなり、同社の製品は世界で圧倒的なシェアを持つようになった。
国の医療福祉機器開発プロジェクトに参加して点字の世界へ
視覚障害者向け機器が同社の柱になったのは、榑松武男さんが社長になった1995年以後のことだ。
同社の創業は1953年。東京都港区の慶応義塾大学の近くに、広業社通信機器製作所として誕生した。当初は電話交換機向けリレー製造が中心で、電電公社の指名を受けて潤った。しかし、その後大手メーカーがリレーの大量生産に乗り出したため、弱小なKGSは撤退を余儀なくされ、ソレノイドに軸足を移した。
ソレノイドは電磁弁などに多く使われるが、少量多品種であり、中小企業向きの製品だ。身近な製品の1つは駅の自動改札機。機械に切符を通すと小さな穴が開くが、この穴開けパンチには多くKGSの製品が使われている。
84年、私が通商産業省工業技術院にいた頃、医療福祉機器開発プロジェクトの一環で「視覚障害者が触覚で風景を感知する装置」の開発が始まった。このプロジェクトに参加を要請されたのが、視覚障害者向け機器を開発するようになったそもそものきっかけだという。