2016年7月21日。後に世間を狂熱させることになる、ある企画が地方の一書店から始まった。
この企画はヤフーニュースで何度も取り上げられ、全国紙全紙に掲載され、全国ネット全局で取り上げられ、ラジオやネットメディアを含め取材が殺到した。全国のお客さんや書店から当店への問い合わせが相次ぎ、全国の書店で「ある本」が売れに売れまくっている。
その企画の名は「文庫X」──。
こんにちは、岩手県盛岡市を中心とする街の本屋、さわや書店フェザン店の長江貴士ですJBpressのこのコーナー(読書ガイド)では普段、さわや書店の面々が持ち回りで本の紹介をしています。僕もこれまでに何度も文章を書かせていただいています。
そして僕は、「文庫X」を企画した書店員でもあります。今回は特別編ということで、この「文庫X」について書くことになりました。しかし、ただ経緯などを書くだけではJBpressの読者の方には面白くないだろうと思うので、今回は以下のようなテーマを柱に前後編で文章を書いていきます。
【「文庫X」のようなアイデアを思いつくために日頃していること】
【「文庫X」のような企画を組織の中で発生させるための環境作り】
【「文庫X」の成功から見る、厳しい業界の中で生き残る方法】
たまたま大きなヒットを引き当てただけで何を偉そうに、と思われるかもしれませんが、こんな僕の話でも参考になると思っていただける方がいると信じて、今回の記事を書いていきたいと思います。
“どうしても読んで欲しい810円(税込)がここにある”
まず「文庫X」というムーブメントについて紹介します。
「文庫X」は、ある特定の本の表紙を隠して売る、という企画です。手書きでオススメ文を書いたオリジナルの帯で表紙全体を覆い、さらにビニール掛けして、タイトルがまったく見えない状態で売り場に置きました。書店の店頭でご覧になった方もいらっしゃるのではないかと思います。
店頭に置かれた状態で「文庫X」のタイトルを知る手段はほとんどありません。「文庫X」を買う前に分かる情報は、「税込で810円であること」「ノンフィクションであること」「500ページを超える作品であること」の3つしかありません。
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あとは、【どうしても読んで欲しい810円(税込)がここにある。】と書いたパネル(お客さんにアピールするための看板)を設置して、内容にも一切触れないままある本を売りました。
7月21日に僕は、「文庫X」を60冊店頭に並べました。正直、絶対に売れる!などと思ってスタートさせた企画ではありません。むしろ、売れるなどとはまったく思っていませんでした。
タイトルも表紙も内容紹介も見えない状態で、810円という文庫にしては高い本を買ってくれるお客さんがたくさんいるとは思えませんでした。60冊を売り場に並べる時は、「少なくとも30冊売れるまでは売り場から外さない」と思っていました。それぐらい、売るのは難しいだろうと思っていました。
脅威の売れ行き! 岩手から全国へ
しかし結果は驚くべきものでした。初回で仕入れた60冊は、僕の予想をはるかに超え、たったの5日で売り切れました。