オーグメンテッド・リアリティ技術のELSI=倫理的、法的、社会的問題を考える稿を重ねていますが、8月8日に明仁天皇の「お気持ち」が公開されました。
そこで、ブロードバンド・ネットワーク時代の玉音放送といっても過言でないようなこの放送に関連して、ELSIの諸問題を考えてみたいと思います。
これは、かつて東宮参与を務められた團藤重光先生から、裕仁天皇、明仁皇太子(当時)浩宮さまの3代と様々な議論を交わされた一端をおうかがいした経緯があるためで。すべては記せませんが、いまこの問題を考えるうえで、建設的な議論に資するものがあると思います。
天皇制のブロードバンド・ネットELSI
日本国憲法は、しばしば「9条」が問題とされますが、これは第二章「戦争の放棄」の一条目に当たり、それまでの8条は第一章は「天皇」にあてられています。
日本国憲法は、その前文に示された精神が極めて重要ですが、実は前文の中には「天皇」という言葉は1回も出てきません。わずかに1度だけ「詔勅」という表現が出てきます(勅とは天皇の命令を意味する言葉です)。引用してみましょう。
「・・・そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」
憲法に反するいかなる詔勅も排除されなければならない、とする、この日本国憲法前文の定めをよく踏まえた、実質的な「立憲遵法的な譲位の詔勅」というのが今回の「ブロードバンド音声動画玉音放送」の位置づけが可能かもしれません。
実際、憲法第一章、第一条から第八条までをいくら眺めても「天皇は退位してはならない」「天皇位は一度即位したら生涯続けなくてはならない」といった条文は見出せません。ついでながら憲法には「女帝はいけない」とも書かれていない。実際に条文を引いておきましょう。
日本国憲法 第一章 天皇
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
つまり「国会の議決した皇室典範」によって具体的な細部は決定すべきものであって、その時代時代に合致した天皇のありようを、国民主権者が合議して決めていく。
そういうあり方が原則であって、今回の歴史的と言ってよい放送は、天皇自身が直接主権者国民に語りかけ、高齢化時代の天皇のあり方を憲法の枠に従いながら再検討するという、ブロードバンド・ネットワークを通じた革新的・遵法的なコミュニケーションであったと言えるものでした。