AR(オーグメンテッド・リアリティ)のELSI(倫理的、法的、社会的)問題について基礎からお話しをしています。今回はまず、入り口以前のポイントですが、これは別段特定のゲームがどうしたとか、そんな話をしているのではないことからお話を始めたいと思います。
なぜ「iPS細胞」はノーベル賞を得たか?
ELSIの議論が始まったのはバイオテクノロジーや医療の分野が早かった。理由は明確です。人の命に関わるからです。
山中伸弥・現京都大学教授がiPS細胞の開発でノーベル医学生理学賞を受賞したことは日本国内でも広く知られていますが、なぜiPSがそこまで高く評価されたか、その背景にあるELSIとなると、急に広がりが小さくなってしまうので、そこから始めましょう。
iPS細胞、人工万能細胞の技術は、基礎生命科学の倫理問題から着想されたものにほかなりません。
私たちは人工でない万能細胞を作ることができます。それは古典的な方法、子作りにほかなりません。男女が営んでも、試験管の中で人工授精しても、私たちは「ヒト天然万能細胞」つまり受精卵、胚を作ることができる。
これを自由自在に基礎科学の実験に使ってよい、と思いますか?
20世紀末からの人類社会、特にバイオテクノロジーに関わる科学者集団はそのようには考えませんでした。
もし、きちんと着床して育って入れば、あなたと変わらない人間に育つ可能性がある受精卵、つまりES細胞を、臓器単位の再生工学などに使っていいのか?
もし胎児として成長していれば、一定の月齢を超えれば「ヒト」として認識される可能性があり、ことは倫理だけでなく法的な問題にも抵触してくることでしょう。
結論として、ES細胞実験には厳しい倫理チェックが課されることになっています。しかし他方、アイバンクや臓器バンクなどの現状を考えても、もし人工的に人の臓器を、例えば自分自身の遺伝情報から新たに作り出すことができれば、疾患を抱える多くの人に画期的な治療の可能性が開かれるはずです。