人間には理性とともに感情が備わっている。感情の働きは人生においてとても大事であり、喜びは人を幸せに、悲しみは不幸せにする。一方で、好事魔多しというように、喜びは思わぬ失敗の原因になりかねない。また、人は悲しみを乗り越えてこそ強くなれる。
人間にはなぜこのような感情が備わっているのだろう。そして、どうすれば感情をうまくコントロールして、幸せや成功をつかむことができるのだろう。
人類の「表情」は世界共通
人間にはなぜ感情が備わっているのか? この疑問を最初に追及したのは、自然選択説による進化の理論を打ち立てたチャールズ・ダーウィン(1809~1882年)である。彼はヒトがサルから進化したという結論に至ってから、ヒト独自の性質がどのように進化したかを真剣に考えた。
そして人間の感情や表情に関心を抱き、動物との比較研究を通じて『人間及び動物の表情について』(1872刊)という本を書き上げた。しかしこの本は、あまりにも時代を先駆けていた。その再評価が始まったのは1960年代のことだ。
1960年代に心理学者ポール・エクマンは、ダーウィンの著作を知って驚いた。ダーウィンは世界各地の人たちにさまざまな表情の写真を送り、写真がどんな感情を表しているかを尋ねた。その結果、喜び、悲しみなどの表情が文化の違いを超えて人類共通であるという結論を下していたのだ。
ポール・エクマンは、この結論に最初は疑問を抱いた。なぜなら、彼が研究を始めた1960年代には、表情を含む人間の社会行動は文化に依存するという、女性人類学者マーガレット・ミードらの見解が広く支持されていた。
そこでエクマンはミードが調査したニューギニアを訪問し、狩猟採集生活を営む人たちに他の異なる文化の下で暮らす人たちの写真を見せて、写真から感情を正しく判断できるかどうかを調べた。
その結果、ニューギニアの人たちは、喜び、悲しみなどの表情を写真から見分けることができたのだ。エクマンは同じ実験を、ボルネオ・アメリカ合衆国・ブラジル、そして日本でも行ったが、結果は同じだった。1969年にサイエンス誌に発表されたエクマンの論文は、表情が人類共通であることを世界の科学者に知らしめた。ダーウィンは正しかったのである。