世界の飲み物になった日本発の乳酸菌飲料

失敗の連続が生んだヨーグルトと似て非なる甘い飲み物

2013.06.14(Fri)澁川 祐子

 相次ぐ製品化と同時に、当時の時代背景も乳酸菌飲料を普及させるのに後押しした。昭和10~20年代にかけ、日本の衛生状態は劣悪であった。その中で、コレラや赤痢を防ぐ効果もあり、栄養的にも優れているとあって、この甘い飲みものは日本人の心をつかんでいったのだった。

国際規格にもなった日本の乳酸菌飲料

 日本でプレーンヨーグルトが発売されたのは、1971(昭和46)年と比較的新しい。

 発売されたきっかけは、前年に開かれた大阪万博だった。会場のブルガリア館で、ブルガリアヨーグルトを試食した明治乳業の開発メンバーが「これぞ本場のヨーグルトだ」と感動し、さっそく開発に取りかかった。そして翌年、発売にこぎつけたのが日本初のプレーンヨーグルト「明治プレーンヨーグルト」だったのである。

 それまで、日本のヨーグルトと言えば、「ハネーヨーグルト」から続くハードタイプが主流だった。ヨーグルトと言えば甘い。それが、乳酸菌飲料から受け継がれてきた日本流の食べ方だったのだ。

乳酸菌飲料の数々。2006年には植物性の乳酸菌飲料も登場。ロングセラー商品も改良を加え、健康を謳うものが増えている。

 プレーンヨーグルトが登場してから40年。いまでは無糖タイプのヨーグルトがすっかり主流となっているが、100年近くの歴史がある乳酸菌飲料もカロリーオフを謳ったり、特定保健用食品の指定を受けたりして、奮闘している。

 2010年には、ジュネーブで開かれた食品基準を定める政府間組織「国際食品規格委員会(CAC)」の総会で、日本の「乳酸菌飲料」が、新たな食品の国際規格として採択されている。モンゴルでヒントを得た飲みものが、日本人の手によって独自に発展し、世界の飲料にまでなったことを示している。

 乳酸菌飲料の元祖「カルピス」と言えば、幼少の頃の夏を思い出す人も多いのではないだろうか。私も、夏のキャンプで大きなやかんに入ったのを大勢で一緒に飲んだ記憶がある。「カルピス」は原液を持っていけば、薄めて大量に作れるから、移動のときなどには適していたのだろう。

 汗をかいたあとに飲む、あの甘く舌にまとわりつくような濃厚な味。飲むと余計に喉が渇く気がしてたまらなかったのだが、それが、実はモンゴルの乾燥した空気に適していたのだと思うと、いまさらながらあの味に納得である。

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