咳き込んで目が覚めると、隣で見知らぬホームレス氏が自家製煙草をふかしていた。パリではホームレスのこんな仕草からして格好よく見えるからまいってしまう。しかし、ちょっと待った。ここは一体どこなのだろう。
フランスの電話会社orangeのSIMカードに差し替えたばかりのiPhoneは02:43を表示している。丑三つ時を越えている!
ひどい頭痛を感じながら立ち上がった。目の前を通る幅の狭い道にも、向こうに見えている大きな広場にも、この超然と煙草をふかす男と僕くらいしか見あたらない。足元に自転車が1台、横倒しになっている。全体的にかなり間抜けな図であることは間違いない。
それにしても寒い・・・。はっとして、ポケットの中の財布やカード入れを確認する。よかった。何もなくなっていない。ただ、くしゃくしゃになったユーロ紙幣の間に小さな白い紙片がはさまれてあり、そこには誰のものか分からない電話番号が書かれていた。
飲み屋かどこかで会った女の子からもらった番号だろう。バスティーユの居酒屋で赤白ロゼとワインをしこたま飲んだところまでは覚えているが、そんな、誰と電話番号を交換したかまでは思い出せるわけがない。
とにかくその番号にかけてみると案の定、女が出た。眠たそうなフランス語・・・。英語はどうやら通じないようだ。足元に転がっている自転車をぼーっと眺めながら、要領を得ないやりとりをしているうちに、ふと突然に自分がどこにいるのか思い出した。深夜の失礼を詫びて電話を切った。
今回のパリで一番訪れてみたいと思っていた、まさにその場所に来ていたのだった。
映画『ミッドナイト・イン・パリ』で主人公が過去からやって来たスコットとゼルダのフィッツジェラルド夫妻やアーネスト・ヘミングウェイの乗った馬車と遭遇する路地。
もともと、この場所を探すと言って皆で飲んでいたバスティーユから出発したのだ。足元に転がっているのは、バスティーユ地下鉄駅のそばのVelibステーションで僕がレンタルしてきた自転車だった。
ちなみにVelibというのは、レンタル自転車のサービスだ。パリの街にある1500カ所のステーションに設置されている端末機で、まずは1日券と1週間券のいずれかを購入する。料金は1日券が1.7ユーロで1週間券が8ユーロ。それから実際の利用料金は30分以内に返却するなら無料だ。以降は超過料金がかかってくるが、30分以内にステーションに返却して、またすぐにレンタルし直せばずっと無料で利用できる。