コーカサス情勢を巡っては、ヒラリー・クリントン米国務長官のコーカサス3カ国歴訪やトルコ・グルジア・アゼルバイジャン外相協議の定例化など、外交では動きが続いている。

ヒツジ600匹と羊飼いが蒸発のミステリー、グルジア

グルジアの首都トビリシで羊を放牧する人〔AFPBB News

 一方、グルジアの内政面を見ると、秋の総選挙と来年の大統領選挙に向けて、与野党で水面下の小競り合いとジャブの応酬が続いているものの、表面上は静かな初夏を迎えている。

 シリアなど中東情勢がますます流動化しつつあり、ヨーロッパ経済の混乱が続く中、米国としてはユーラシア諸文明の十字路コーカサスでまた突発的な混乱(だいたい夏に起きるが)だけは避けたいところだろう。

 グルジアではまさに4年前の米大統領選挙直前の、そして同様に4年おきのオリンピック開会式前日に、戦争が勃発した。

 もっとも、グルジアのミハイル・サーカシビリ政権に昔日の求心力はなく、かといって以前同様とって代わる有力野党とその顔もみえない(前々回触れたように本格的な動きが顕在化しつつあるが)中、周辺大国もどこも大きな混乱は望んでいないように見える。

 そこで、グルジアの現況については次回以降に譲り、前回のオスマン帝国史見直しに引き続いて、中東と周辺地域の前近代史の最新の成果について紹介したい。

 筆者も取り組んでいる「人の移動とアイデンティティを巡る世界史」、特にロシア・コーカサス地域も因縁浅くない地中海世界を舞台とした書籍を取り上げる。

「お荷物?」地中海クラブ

 エーゲ海や地中海と言えば、古代文明の栄華の跡を巡る優雅なクルーズなどを連想するバブリーな時代もいまは懐かしい。

 南欧諸国あるいは地中海北岸の国々はこのところヨーロッパ経済危機の元凶、頭痛の種として毎日のように紙面を賑わしている(一時地中海クラブなる言葉も頻出した)。

 混乱の余波を受けて観光客数も落ち込んでいるようだ。一方、地中海東南岸の中東・北アフリカ諸国もまた、緊迫した情勢が続いている。

 ちなみに特に危機の震源地ギリシャとこのコラムで中心的に取り上げているグルジアは古代以来因縁浅からぬ仲なのだが、その関係もまた別の機会に取り上げるとして、今回は「改宗」と「女性」がメインテーマのEric R. Dursteler著『Renegade Women: Gender, Identity, and Boundaries in the Early Modern Mediterranean』に注目する。

 「近世地中海世界におけるジェンダー、アイデンティティと境界」の副題が示す通り、近世のキリスト教世界とイスラーム世界の接触する場としての地中海世界を、両世界をまたいだ4人の女性の人生に焦点を当てた興味深いミクロ・ヒストリーの試みである。