起源は謎、日本人の好物「ネバネバ、ズルズル」

食卓の定番「納豆」の歩んできた道(前篇)

2012.01.20(Fri)漆原 次郎

 <日本人は主食の米を炊いて食べる『粒食型民族』です。このご飯粒に同じ粒状の納豆が合うのです。そのうえ日本人は昔から早飯食いです。納豆はヌルヌルしていますから、よく噛まずともザザッと食べられる>

 ご飯も納豆も同じ粒状。そして、あのヌルヌル感が食べるスピードを速める。江戸の庶民が、朝早くから納豆をズルズルと胃袋の中にかっ込んでいた様子が想像できてしまう。

近代科学が納豆の製法を変えた

 時代は江戸から明治へ。日本の近代化の歩みとともに、納豆の作り方や売り方にも大きな技術革新が起きる。

 まず1905(明治38)年には、東京帝国大学(後の東京大学)の農学者だった沢村真が、大豆に繁殖して納豆にする「納豆菌」を抽出し、純粋培養に成功した。なお、当初、第1号菌と第2号菌という2種類の菌が納豆に関わっているとされたが、のちに第1号菌こそが大豆を納豆にする菌であると分かり、この納豆菌には沢村の名にちなんで「バチルス・ナットー・サワムラ」の名がつけられた。

 沢村の功績から7年後、1912(明治45)年には、盛岡高等農林学校の農学者だった村松舜祐によって、納豆菌が単離された。大豆を稲藁で包んで納豆を作る伝統的な製法でなく、単離した菌を大豆に与えることにより納豆を作る方法の第一歩となった。2012年は、ちょうどこの村松の成果から100年前にあたるため「納豆近代化100年」とも呼ばれている。

 さらに、製法の点で決定的な革新が1919(大正8)年に起きる。北海道帝国大学(後の北海道大学)の農学者だった半澤洵が、「半澤式納豆製造法」という納豆の製法を確立したのだ。

 工場の床をセメント化することで清潔さを保ち、藁の代わりに折箱を使う、天然の藁に付いた納豆菌の代わりに純粋培養した納豆菌を使う、さらに、室内温度の一定化なども行うといった近代的製法である。

 沢村による納豆菌の抽出から、半澤による新製法の確立までわずか14年ほど。明治から大正にかけて納豆の製法は大きく進化した。

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