中国政府は、環境に配慮する「科学的発展観」にこれまで傾きつつあった。しかし金融危機を受けて、政策姿勢を転換させようとしている。
北京市副市長は渋滞緩和を目的とする自動車販売総量規制の緩和を示唆している。また、景気減速を食い止めるために、11月初めに温家宝総理は突如として4兆元(約57兆円)もの景気刺激策を発表した。その中身を見ると、環境保全よりも成長重視の姿勢が強まっていることが分かる。
事実、五輪以降、北京では自動車規制が緩和され、大気汚染は元通りになってしまった。とりわけ9月以降、グローバル金融危機の影響を懸念し、これまで胡錦濤政権の政策の目玉だった「科学的発展観」もトーンダウンしつつある。
環境改善に向けた3つの制約
日本では環境保全に関する技術や設備がますます重要視されている。日本の環境技術の素晴らしさを諸外国に対してもっとアピールすべきだという声も少なくない。技術と設備の必要性は否定できないが、日本の環境保全の素晴らしさは何もそれだけではない。
そもそも歴史的な観点からみれば、ほとんどの国では、キャッチアップの段階においては環境保全よりも成長路線の方に軸足を置きがちである。そして、環境保全のためのコストはできるだけ払いたくないというのも一般的な傾向である。
この流れの中で、中国は環境軽視から環境重視へ政策転換するための臨界点を見つけ出さなければならない。
その前に、政策転換を妨げる3つの制約があることを確認しておきたい。すなわち、(1)国民の意識転換の制約、(2)制度の制約、(3)技術の制約である。
環境保全に向けた第一歩は国民的コンセンサスを得ることである。かつて日本の北九州や四日市などで公害問題が深刻だったが、環境保全に向けた国民のコンセンサスと、それを基にした市民運動が盛んになったことによって解決されたと言われている。しかし現在の中国に照らし合わせると、環境保全に関する国民のコンセンサスはまだ得られていない。
制度面でも制約がある。環境意識が高まれば、その権利を保障するための制度作りが求められる。監督行政機関である環境保護局は企業の環境保全をモニターすることになる。しかし、市民の監視がなければ、行政と企業の癒着が始まる。同時に、市民による企業の環境保全への監視も重要な役割を果たす。この一連の行為を制度的に担保する必要がある。
こうした国民の意識の転換と制度面の監視があって、初めて企業も社会的責任として環境保全に向けて技術開発に取り組むようになる。技術の開発は環境保全のスタートではなく、国民の意識転換と制度面の担保があってのことなのである。
これまで日本を含む諸外国から中国に対する環境技術や設備の援助は、もちろん無意味なことではなかった。だが、公害問題の深刻化という大きな流れを変えることはできなかった。上で述べたように、中国では環境保全に関する国民的コンセンサスがまだ得られていないのが現状である。