哲学者から見ると、今の社会は大変に興味深い時代です。何しろ起こるはずがないと考えていたことが次々と起こるのですから。米国で黒人の大統領が誕生するなど、私の目の黒いうちどころか、子供たちの時代にもあり得ないのではないかと思っていました。

木田元氏/前田せいめい撮影

木田元(きだ・げん)氏
1928年新潟生まれ。哲学者。フッサール、ハイデガー、メルロー=ポンティなどの現象学の研究で知られる。60年中央大学講師、72年から教授。99年に定年退職して名誉教授(撮影:前田せいめい、以下同じ)

 一方で、先進国と発展途上国が連動する形で世界的な経済発展が促される新システムが誕生して、持続的な成長が可能になったかと思えば、それが一気に奈落の底へと落ちていく。

 中国では、国中から人が集まって街があっという間に誕生してしまう姿に驚かされたら、今度は瞬く間に人が去って街全体が消えてしまう。

一時代の常識とか定説がひっくり返ろうとしている、時代の大きな変化の縁に私たちが立っていると見ることができそうです。

 1000年とか2000年の単位でものを考える哲学者の常として、この変化は何が原因なのか、そして次に何が起こるのかを考えます。

 年を取ってしまった私ですらそうなのですから、既に若い哲学者たちは真剣に考え始めています。それは、今世界を襲っている金融危機やオバマ大統領の誕生のもっと前から始まっています。

 例えば原子力発電所の大爆発が起こったり、人間が対応できない鳥インフルエンザが地球上に蔓延したりして、現在の世界秩序が大崩壊する。その後、何が起きるのだろうかと。

技術や資本がまるで意思を持ったかのように動き出した

 少し大げさに聞こえるかもしれませんが、人間が誕生して以来抱え込んできた矛盾がはじけ、世界史の大転換点が来たとさえ見ることができます。

 人間はまず言葉を獲得しました。そして火を使うようになりました。言葉は記号として自分たちがコントロールしてきた。火もまた自分たちに都合がいいように使いこなしてきました。お金も同じです。この便利な発明によって、物の流通が盛んになり、投資をして産業を成長させリターンを得られるようになりました。

 しかし今、私たちが直面しているのは、人間が発明・発見し自分たちで便利に使いこなしてきた技術やお金(資本)が、コントロールできなくなったという事実ではないでしょうか。技術や資本がまるで意思を持ったかのように動き出してしまった。

 SF映画によくあるロボットが人間を支配する姿に似ています。そんなことは映画の中の架空の出来事だと多くの人は言うでしょう。人間が作り出したものは人間がコントロールできるはずだと。経済学者やアナリスト、科学者や技術者のほとんどはそう思っています。しかし、現実は既に人間が自ら作り出したものによって逆にコントロールされている。