2008年9月の「リーマン・ショック」発生で、世界経済が米国経済にカップリングして急激に悪化していった局面で、中国政府は同年11月、総額4兆元(1元=13円で計算すると約52兆円)の大規模な景気対策を打ち出した。中国の実質GDP成長率は、10-12月期は前年同期比+6.8%、今年1-3月期は同+6.1%へと急低下していたが、4-6月期になると経済対策の効果が早くも発現し、同+7.9%へと急速に持ち直した。雇用を中心とする国内情勢の安定を確保できる、すなわち暴動など社会騒擾の頻発を回避するために必要な最低ラインとされている+8%の成長率を、この段階でほぼ取り戻した。さらに、7-9月期は前年同期比+8.9%へと、中国の経済成長率はさらに加速した。

 だが、厳しい言い方をすると、中国経済の高成長は、様々な歪みを内包している。「世界経済の救世主」として、中国に過度に期待している一部の楽観論に対し、筆者としては違和感を覚えざるを得ない。

 一人っ子政策を取り続けてきたことによる人口構成のひずみゆえに、高齢化社会の到来が視野に入りつつあるものの、中国の社会保障制度整備はきわめて不十分なままである。このため、中国人の間では将来不安が強く、貯蓄率が高止まりしやすい。したがって、中国の場合、個人消費が経済成長のメインエンジンになってこないという大きな弱点がある。確かに「家電下郷」と呼ばれる農村部での家電普及策や、自動車の購入促進のための減税・補助金政策は、きちんとした成果を上げている。だが、これらは将来分の先食いを含む耐久消費財の需要喚起策であって、消費全体を持続的に上向かせる性質のものではない。

 沿海部の高成長地域に立地している外資系企業は、かなりの程度輸出に依存しているが、頼みの米国経済が構造不況に陥っているため、見通しは明るくなりにくい。中国の今年10月の輸出は前年同月比▲13.8%で、12カ月連続の減少。1~10月の累計は前年同期比▲20.5%。中国当局は鋼材などの品目について、輸出増値税の還付率を段階的に引き上げるという減税措置を講じるなどして輸出を促しているが、国内で過剰な製品の輸出をあまりに露骨に促すと、貿易摩擦が激化してしまう。また、管理変動相場制を取っている外国為替市場では、人民銀行が人民元の対米ドル相場の上昇を完全に止めている。1ドル=6.83元前後の狭いレンジ内での推移が1年以上も続いており、事実上、ドルペッグ状態に戻っていると言えよう。様々な通貨に対してドル安基調が続いており、人民元がドルに連動していることから、ユーロなど米ドル以外の通貨に対し、人民元は結果的に切り下がっている。これも輸出促進策の1つと受け止めることが可能。実際、ユーロ圏では人民元相場に対する不満が高まっている。ただし、グローバルな需要レベルが米家計過剰消費崩壊によって大きく下方シフトした後であるだけに、輸出押し上げ効果は限られざるを得ない。

 中国の高度経済成長実現に大きく寄与してきた輸出が、当面頼りにならない。消費にもメインエンジンとしての期待はしにくい。消去法的思考の帰結として、中国の経済成長を牽引するのは、固定資産投資(公共投資や設備投資)ということになってくる。

 しかし、公共投資については、国や地方の財源調達の問題(特に地方政府の資金調達の困難さ)に加えて、財政赤字の膨張という副作用が伴う。

 中国の財政赤字増大は、日本や米国、英国ほどではないにせよ、気になるところである。今年3月の全国人民代表大会(全人代)に提出された、4兆元の景気刺激策の一部を反映した2009年度予算案で、国・地方の赤字額は9500億元とされ、2008年度予算の赤字額である1800億元から大きく膨張した。中国の名目GDPは、2008年時点で30兆元強。この数字を使って財政赤字の名目GDP比を計算すると、3%を超える。単年度財政赤字が3%以内というのは、EU加盟国が統一通貨ユーロを使用する欧州通貨統合に参加するための基準(クライテリア)の1つであり、健全財政の限界ラインとして認識されることが少なくない。むろん、2009年上半期の名目GDPは前年同期比+3.8%という伸びになっており、通年でもプラス成長が確実な情勢なので、2009年度の財政赤字は結果的に3%以内に収まるものとみられるが、中国の財政赤字が警戒ラインに接近していることに変わりはない。温家宝首相など中国政府当局者が第2弾の景気刺激策を打ち出す可能性に何度か言及しつつも、実現に向けて動き出す兆候がいっこうに出てこない背景には、財政赤字が3%を超えてしまうことへのためらいがあるのではないかと、筆者は推測している。財政による人為的な経済成長かさ上げの余力は、中国でも意外に残されていないのではないか。