2009年10月1日は中華人民共和国の還暦に当たる。中国人は「6」という数字を重んじる。「60」は輪廻を意味する。軍事パレード、群集デモ、交歓の夕べなどが盛大に行われた。
胡錦濤国家主席は「中山服」(つめ襟の服で、正面にポケットが4つあり、孫文が初めて着用したと言われる)を着て天安門楼上に現れた。60年前、毛沢東が同じ場所で人民共和国建国を宣言した。中山服を着ていた。「初心に戻って、60年の歩みを振り返ろう」。そんなメッセージを13億人の人民に伝えたかったのだろうか。
祝中華人民共和国建国60周年
街中どこを見てもこのスローガンである。メディアも共産党にとってプラスになる報道一辺倒だ。交通・インターネット・言論などが規制された。政治的に「安全運転」で行こうということだろう。現在も続いている。
筆者は2003年に中国に来た。人生の4分の1を「北の都」で過ごしたことになる。中華人民共和国の10分の1を見たに過ぎないが、この間、各界における中国人と密につき合ってきた。本コラムの初稿では、6年間にわたる見聞の総括として、3つの視点から探ってみたい。
1つ目に、60年をどう評価するかという問題である。「前半30年」と「後半30年」に分けられ、鄧小平の提唱で始まった改革開放に代表される後半のみが賛美されることが多い。毛沢東は文化大革命などを引き起こした張本人として、祖国への貢献度は「業績70%:失敗30%」が定番になっている。
ただ、鄧小平のみを持ち上げて、毛沢東を蔑むのは間違っている。仮に毛沢東の晩年における「極左運動」がなかったとして、鄧小平が改革開放「対策」を取っただろうか。前者が左に持っていきすぎたのを「バネ」に右に押し返した、という見方が歴史の必然だと、筆者は考える。