韓国経済は財閥中心であり、それゆえ中小企業の基盤が薄いと言われてきた。しかし、1990年代になってから、中小企業、特にIT系のベンチャーが登場するようになった。とりわけ97年の「IMFショック」(国際通貨基金=IMF=が多額の融資をして韓国の金融危機を救った出来事)以降は、財閥のリストラで放出された人材が、自らベンチャーを起業するようになった。
また、韓国政府もIT産業やコンテンツ産業などの新しい産業分野の育成を図った。特にベンチャー育成を積極的に支援した結果、ITやコンテンツ産業で数多くのベンチャーが生まれ育った。例えば、韓国のオンラインゲーム産業を代表するNCソフトはその典型だ。現代電子の研究所でITシステムを研究していた12人のエンジニアによって97年に創設された企業である。
その後、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領(2003~2008年在任)も、中小企業育成を政策の目玉の1つにしていた。しかし、財閥中心の産業構造は変わることがなく、製造業ではなかなか中小企業が育たずにきた。
この2~3年の間、筆者の所属するものづくり経営研究センターに、韓国の政府関係者、議員、韓国生産性本部、韓日産業・技術協力財団、経済経営の研究者、新聞雑誌のジャーナリストなどが訪ねてきた。
センター長の藤本隆宏教授や筆者が応対に当たってきたが、その際に必ず話題に出てきたのが、中小企業問題である。「どうやれば中小企業を育成できるのか?」「日本では、トヨタなど大企業と中小企業はどうやって共存関係を維持しているのか?」という質問が頻繁に投げかけられた。
韓国を訪問して政府の担当者などと議論すると、彼らが中小企業育成の1つの柱として考えているのは「成果共有制度」であるという。
その背景には、あまりにも厳しすぎる財閥系大企業の経営姿勢があるらしい。つまり、中小企業が努力してコストを削減しても、その成果をすべて大企業が吸い上げてしまう。大企業はコスト削減の目標値だけを示して、削減のための支援はしない。その結果、成果を挙げた中小企業が報われずに、なかなか成長できないという。
そのような中小企業の努力成果を、大企業が独り占めするのではなく、中小企業と分け合うように指導しようというのが「成果共有制度」の考え方である。これは、IMFショック以降のリストラで、利益追求を第一にしてきた財閥系企業の経営がもたらした負の側面であろう。
中国携帯電話産業の発展を支えた韓国ベンチャー
韓国国内の製造業では難しい問題を抱えている中小企業だが、前述したようにIT分野では注目すべき企業が見られる。例えば、携帯電話機の分野でサムスン電子が世界的に成功しているのは有名だ。また、過去には韓国ベンチャーが中国の携帯電話産業の立ち上げに大きく寄与したことがあった。
我々はそのようなベンチャー企業の活動について情報を集めることができた。その結果、韓国ベンチャーは確かに中国の携帯電話産業の立ち上げに大きく寄与し、大きな利益を挙げたことが確認できた。だが同時に、現在は大変厳しい状況に置かれていることも分かった。それは成功と失敗の歴史であった。
その典型的な軌跡を見て取れる会社が、Bellwaveである。99年に携帯電話の設計専門のデザインハウスとしてスタートした会社だ。
携帯電話機のコア部品は、各通信方式の送受信を司る「ベースバンドチップ」と呼ばれているICである。Bellwaveの創業当時、欧州の携帯電話規格であるGSM方式のベースバンドチップ大手、テキサス・インスツルメンツ(TI)が、そのチップを中国企業向けに販売しようと計画していた。
技術力のある欧米の携帯電話機メーカーは、ベースバンドチップさえ供給してもらえば、その先は独自に開発して電話機を生産することができる。しかし、技術力のない当時の中国企業では、ベースバンドチップだけではとても携帯電話機を作れなかった。その他の手厚い設計支援が必要であった。
当時、TIの大手顧客であるフィンランドの通信機メーカー、ノキアは、中国でも事業を拡大しようとしていた。そのためTIとしては、自身で中国企業をサポートするわけにはいかない。Bellwaveはそこに目をつけ、中国企業に対して、TIのベースバンドチップをベースに設計支援を行う事業を始めた。