多くの企業が不況にあえぐ中、任天堂は2009年3月期決算で、売上高1兆8386億円、営業利益5552億円、経常利益4486億円、当期純利益2790億円と、前期に続いてすべての数値が過去最高を記録した。

ほかの企業が不況にあえぐ中、過去最高の決算を続ける

 続く2010年3月期第1四半期(4~6月)は前年同期比で減収減益になっているものの、岩田聡氏が社長に就任した初年度(2003年3月期)に比べると、驚異的な業績の伸びである。任天堂はなぜ、快進撃を果たしたのか。

任天堂“驚き”を生む方程式』井上理著、日本経済新聞出版社、1700円(税抜)

 具体的な理由は、2004年発売の携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」、2006年発売の据え置き型ゲーム機「Wii」のヒット。

 1990年代半ばから10年間、ソニーの「プレイステーション」(PS)と「PS2」に苦杯をなめた任天堂は、次世代ゲーム機の競争ではハードの高性能化を追わなかった。

 ハード面でローテクでも、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」や「Wiiフィット」などのソフトが爆発的に当たり、DS現象、Wii現象を巻き起こして、2009年3月、Wiiは世界累計で5000万台、DSは1億台を突破した。

 従来のゲームファンや中高生を奪い合うのでなく、ゲームに関心がなかった「大人」に販路を拡大して競り勝った背景には、「任天堂らしさ」というソフト重視の哲学があった。

 任天堂には明文化された社是・社訓といったものがないが、著者は取材の中で、「任天堂らしさ」という言葉を何度も耳にする。

 本書は、「脳トレ」を自ら企画した岩田社長、「ドンキーコング」「マリオ」「ゼルダ」シリーズを生んだ宮本茂専務ら、現経営陣の仕事から書き起こし、1960~90年代にわたって「ウルトラハンド」「ゲーム&ウォッチ」「ゲームボーイ」などのヒット商品を開発した故・横井軍平氏の業績を紹介して、今年創業120周年を迎える任天堂の源流をたどっていく。

任天堂らしさとは、「厳父」の存在

 「任天堂らしさ」とは、「家風」のことだろうか。読みながら感じたのは、「厳父」の存在である。岩田氏を後任に指名し、横井氏、宮本氏に部署を与えてその才能を存分に発揮させたのは、「ワンマン」「カリスマ」と言われ、半世紀以上にわたって任天堂を率いた山内溥前社長だった。

 そもそも「娯楽」とは何だろうか。子供は親の厳しい目をかいくぐって遊びをクリエイトするが、任天堂を経営危機から救った横井氏の「ウルトラハンド」や「ゲーム&ウオッチ」の開発秘話は、ビジネスライクな上司と部下の関係ではなく、親子と言えるような、山内氏、横井氏の関係を伝えている。