それは全くの偶然から始まった出会いだった。ある雑誌の取材のために、私はしゃれたアンティークショップを訪れていた。撮影を終え、インタビューも終わりの方に差しかかった時、店主のマダムの名前の綴りを記そうと、彼女の口から出てくるアルファベットを書き留めていた。
お店の主人はパリを代表するイラストレーター
「d(デー)、e(ウー)、s(エス)、c(セー)、l(エル)…」
私はいまだに、この綴りを書き留めるというのが苦手。なんだか妙に長いので、途中から聞き直したりしていた。するとマダムが、「あ、これよ」と、お店のガラス扉に貼られたポスターを示す。見れば、それは、私がかねがね好感を持って眺めていたイラストレーターの展覧会を知らせるポスター。
「Desclozeaux(デクロゾー)。これは主人のよ」
偶然というのはあるものだ。
このマダムの夫が、そのイラストレーター。しかも、その展覧会はまだ開催中で、今まで発表していなかったプライベートな作品もたくさんあるという。
数日後、その展覧会に行った。場所はパリ13区の美術学校。クラシックな建物の、エントランスから廊下にかけてが展覧会場。私が知っているのは、新聞の「ル・モンド」に毎週掲載される、料理関連記事へのイラストだが、今回の展覧会では、それはごく一部で、ポスターやワインのラベルになったイラストなど、とにかく幅広い彼の仕事の世界が分かる。
中でも傑作だったのは、届いた郵便の封筒に描かれた絵。これは仕事とは別の全くのプライベートな部分で、日常の生活での彼の遊び心が伝わってくる。
顔をほころばせながらガラスケースの中を覗き込んでいると、会場に3人の大男が入って来た。そして瞬時に、その中の1人がデクロゾー氏本人であると直感した。それは、私の勘が鋭いからでは全くなく、彼の風貌が、作品そのものだったからである。
日を変えて、展覧会場で改めて彼に話を聞くことになった。再び学校の建物に入り、挨拶をするやいなや、わたしは緑の帽子をかぶせられた。なんでも、彼の友人がデクロゾーファミリーの歴史にまつわるその帽子の写真を撮りたくて来ていたらしく、わたしの赤いシャツとの配色が素晴らしい、というので、いきなりモデルになった次第・・・。
一段落して、ようやく彼の生い立ちから話を聞くことができた。生まれは、南仏のセルナック。ワイン畑が広がる内陸の町。もともと画家だった父親は、そこでワイナリーを持っていたという。