6月12~13日にイタリア・レッチェで開催されたG8財務相会合は、景気の安定化・回復に向けた動きの評価、財政再建についてのコミットメントの両面において、実に中途半端な結果に終わった。それは、構造調整圧力が強く作用する中での景気回復に関する自信のなさが反映されたものであると同時に、経済政策面での手詰まり感が強く影響したものでもある。
G8財務相会合の声明文には、景気の現状評価と当面の見通しについて、次のような表現が盛り込まれた(和訳を財務省ウェブサイトより引用)。
「我々の経済には、株式市場の回復、金利スプレッドの縮小、企業・消費者の信認の改善など安定化を示す兆候があるが、状況は依然として不確実であり、経済・金融の安定に対する大きなリスクが引き続き存在する」
「生産が増加し始めた後も、失業は増え続ける可能性がある。G8諸国は、危機が雇用に与える影響を軽減し、景気回復期における雇用の拡大余地を最大化するよう、引き続き行動を実施する」
会合がまだ継続している日本時間13日夕刻の段階でロイターが報じた声明の草案には、「景気安定化の兆候が増えている」と書かれていた。ところが、生産悪化や不良債権問題がなお深刻な欧州各国が慎重な見方を相次いで表明したことから、最終的には「増えている」が削除され、さらに「不確実で、大きなリスクが引き続き存在する」といった表現が追加されて、G8財務相による「底打ち宣言」は幻に終わった、という(6月14日 毎日新聞)。G20の枠組みの下で政策総動員をかけてきたことが一定の寄与をしており、世界経済には安定化の兆候が見られるものの、ユーロ圏が景気指標改善の面で出遅れているなど、国ごとの差も大きい。このため、経済の現状認識についての表現でさえも、足並みが揃わなかったということのようである。
また、財政再建についての信認確保の問題や、いわゆる「出口戦略」の関連では、共同声明に以下のような記述が盛り込まれた(和訳を財務省ウェブサイトより引用)。
「消費者及び投資家の信認が完全に回復し、安定した金融市場と強靭なファンダメンタルズにより成長が裏打ちされることを確保するよう、我々は引き続き注意を怠ってはならない」
「我々は、引き続き物価の安定及び財政の中期的な持続可能性と整合的なマクロ経済上の刺激を与え、貸出を回復することなどを通じて、世界経済を強固で安定した持続可能な成長軌道にのせるために必要な方策を講じる上での、他の国々との協働を継続する」
「我々は、危機に対応するためにとられた例外的な政策を、景気回復が確実となった際には元に戻すための適切な戦略を用意する必要について議論した。これらの『出口戦略』は、国により異なり得るが、長期的に持続可能な回復を促進するために不可欠である。我々はIMFに対し、このプロセスに関し我々を支援するため、必要な分析的作業を行うよう求めた」
財政再建問題については、物価安定と並列で「財政の中期的な持続可能性と整合的な」という当たり前の記述を含めたこと、「出口戦略」全体という文脈の中で国際通貨基金(IMF)に分析的作業を要請したこと、の2点のみが、財政再建問題に関連した会合の成果だと受け止められる。米国を中心とした債券市場へのインパクトは、まったく想定されない。
むろん、今回の会合はG8の財務相のみによるサミットの準備会合であり、中央銀行総裁が参加していない以上、金利の問題では深い議論ができないという事情がそもそもあった。会合開催前の10日時点では日本の財務省幹部が記者団に対し、「(金融政策や金融市場の動向について)突っ込んだ議論は行われない」「(長期金利動向についても)不安定要因として議論されることにはならない」という発言が出ていた。
それでも、長期を含む金利動向ではなく、財政政策をどう運営していくべきかという側面から、活発な議論が行われたようである。だが結局は温度差を埋めることができず、(国際会議にありがちな)当たり障りのない共同声明の表現に落ち着いたものと受け止められる。ドイツやイタリアは、財政再建に傾斜したメッセージを出すことを望んでいた模様。一方、景気回復に自信が持てない米国や日本は、「いまは(『出口戦略』を)考える時期であって、それを実行する時期ではない」という与謝野馨財務・金融・経済財政相の会合終了後の発言に見られるような、景気回復重視の立場を取った。
米政府は、時期尚早の財政緊縮には動くつもりはない。しかし、将来はしっかり財政緊縮に動くという姿勢を、市場へのメッセージを通じてしっかり刷り込んでおかないと、財政面から「二の矢」的な景気刺激を行う可能性が事実上閉ざされるのみならず、長期金利上昇が景気回復そのものを阻害する要因になりかねない。
今回のG8財務相会合の結果と、その後の米政府高官発言は、主要国の間での足並みの乱れのみならず、米国の経済政策の手詰まり感(強い閉塞状況の存在)を、図らずも浮き彫りにするものになったと言えるだろう。