NBCで解説者が絶叫「こんなはずがない!」

 この言葉を、単なる美談で終わらせてはいけない。前記したように今大会は、採点競技が抱える「疑惑」が表面化し続けている。僅差の勝負で「なぜそうなるのか」が見えないと、観客は点数を信じられなくなる。選手は、演技と同じだけ「採点の空気」とも闘わされる。これは競技の健全さにとって致命的だ。

 平野選手が重傷を押して出場した意味は、まさにそこにある。確かに連覇は逃した。しかしながら欠場しても責められない状況で、それでも大舞台に立ち、「やるべきこと」をやり抜いた。点数がどう転ぶかとは別に、競技者としての真実を滑走で示した。

 そしてそれは、疑惑が頻発する五輪への最もシンプルで強いアンチテーゼでもある。「採点で語り尽くせない価値が、スポーツにはある」。その原点を、平野選手は身を削って見せたのだ。

 ここで思い出したいのは、平野選手が金メダルに輝いた2022年北京五輪での一幕である。2回目の試技。五輪史上初のトリプルコーク1440を含み、1440を三度組み込んだ“異次元”のルーティンをまとめたにもかかわらず、得点は91.75点。実況席が凍りつき、世界がざわついた。

 火をつけたのが、世界的に影響力のある米大手放送局「NBCスポーツ」の中継だった。解説を務めていた1998年長野冬季五輪出場の元プロスノーボーダーのトッド・リチャーズ氏は放送中に「こんなはずがない」と声を荒らげ、判定を痛烈に批判した。怒りは瞬く間にSNSにも伝播し「茶番だ」という言葉まで飛び交った。

 重要なのは、NBCが「日本の味方」だったという単純な話ではない。採点競技では、疑念が生まれた瞬間の「説明」がすべてだ。なぜこの点なのか。何が減点で、何が評価されたのか。そこが見えないまま点数だけが提示されると、競技そのものの信頼が揺らぐ。

 NBCの解説者が疑問を公然と口にしたことで、世界中の多くの人たちも「自分の目が間違っていたのではない」と確信した。世論が“同調”したのではなく“納得できない”という感情が言語化され、共有されたのだ。