2009年に政権に就いた民主党がまずはじめたのが「事業仕分け」だった。国の予算の無駄を省くことを目的に、「仕分け人」がその予算事業は本当に必要か判断する。世界一を目指すスーパーコンピュータの開発費をめぐって民主党の蓮舫が「2位じゃダメなんですか」と言い放って物議を醸した――そういえば思い出す人も多いはずだ。
「コンクリートから人へ」を主張した民主党政権。あの事業仕分けで、公共工事が極端に減った。発注があっても、大幅に予算が削られている。それでも受注実績を残しておかないと、のちのち公共事業を受注できなくなる。だから、どんなに安くても赤字覚悟で工事を請け負った。
すると、小さな建設会社からどんどん潰れていったのだ。仕事がないから若者も出ていく。民主党政権の3年で建設会社の数は半分になってしまった。まさに「悪夢」だった。
「だから、このあたりの建設業者はたとえ『裏金議員』であろうとなかろうと、選挙となれば自民党のポスターを貼り出す。本当に悪夢の民主党政権だったんですよ!」
当選12回の三重県の「重鎮」議員でも、そんな声を聞く耳を持たなかったのか。
総選挙で負けたのは本当に「高市旋風」のせいなのか?
私の例で言っても、選対幹部の地方議員の暴言やハラスメントに悩まされ、事務所の不動産賃貸契約をめぐっては、こうまで言われた。
「借りる側が契約書を作って(貸主に)持っていくのが常識や! お前、常識ないんか!」
普通は逆だ。物件の貸主が有利になるように借り主に契約書を提示するのが「常識」となっている。明らかなハラスメントだ。
そんな苦境を岡田に話しても、旧知の相手側を庇い、挙句にはこう言った。
「だけど、賃貸契約の契約書は、借りる側が作って持っていくのが常識でしょ」
それで公認を外された。私にとっても悪夢でしかなかった。(*詳細は前出(参考)リンクへ)
岡田は今回の初めての敗戦の弁で、高市旋風とネットでの批判やデマを敗因に挙げていた。気位の高さは相変わらずだった。それでいて今後については、優秀な若い人材を育てる、というのだから、やはり虚しくもなる。
野党第一党の弱小化で、大勝した自民党の対立軸がない、これでは日本が壊滅する、と嘆く声もある。与党の暴走を引き止める役割が野党にあるのだとしても、この結果を招いたのは国民だ。国民の支持を得られなかったのは、野党第一党の責任だ。それだけ国民と向き合ってこられなかった。人を大切にしてこなかった代償だ。選挙戦術が間違っていたとばかり言っていたら、同じ過ちを繰り返す。自責が必要だ。それがいまもできないところに、強烈な情けなさが漂う。
国民からこれだけの「NO」を突きつけられたのだから、立て直しはほぼ無理だろう。ガラガラポンをして、政党色の一掃が必要なのかもしれない。
人生と心血を注いだはずの私の衆議院選挙と敗北。そして、ここまで無残なかつての帰属政党の有り様。そんな政党に裏切られ、「使い捨て」られた己の姿。いったいこの現実に辿り着くまでの私はなんだったのか。
ほんとうに虚しい。ただただ虚しいばかりだ。
(文中一部敬称略)