いつ、なぜ「春一番」と呼ばれるようになったか
実際の春一番は、いつやってくるのでしょうか。
気象庁は1951年から春一番の記録を把握しています。関東地方での史上最速は2021年の2月4日。暦の関係でこの年の立春は2月3日でしたから、立春の翌日に春一番が吹いたことになります。それまでの最速は1988年の2月5日。このときも立春の翌日でした。逆に最も遅かったのは、1972年の3月20日。春分の日に春一番が吹くという珍しい年でした。
一方、近年では、春一番を観測できなかった年も現れるようになってきました。関東地方では、1992、1996、2000、2012、2015年の各年が「春一番は発生せず」として記録されています。
図表:フロントラインプレス作成
春一番は時に「大荒れ」の天候を伴います。1972年の春一番(2月14日)では、関東・東海を中心に大雨や強風が来襲。東京や横浜では、2月の月平均雨量並みの大雨が1日で降り、各地で土砂崩れも相次ぎました。その影響で札幌冬季オリンピックに参加していた外国の選手団が相次いで足止めされたことが大きく報じられました。
また、2018年の近畿地方の春一番(3月1日)では、強風のためJR瀬戸大橋で列車が5時間以上も動けなくなったり、和歌山県沖を航行中だった船舶が風に煽られて座礁したりといった事態が続出しました。春一番の前後には、冬山で毎年のように登山客の遭難事故も起きています。
それもそのはず、実は、春一番とは、もともとが厳しい自然環境に対する警鐘・警戒感から使われるようになったと言われているのです。その発祥は長崎県の離島・壱岐島。安政6年(1859年)の旧暦2月13日、壱岐島の郷ノ浦町(現在の壱岐市)の漁師たちが五島沖で操業中、春の突風に見舞われ、53人全員が死亡するという海難が発生しました。
2月ごろに吹く強い南風は、江戸時代から各地で「春一」「春二」「春三」と呼ばれていたようですが、壱岐島やその周辺ではこの悲劇を忘れず、後世に伝えていくために「春一番」という言葉が広く使われるようになりました。1987年には、この出来事を伝えるために、島内に船をかたどった「春一番の塔」も建てられています。
春一番は季節が冬から秋に向かう際の強い風ですが、逆に秋から冬へ向かう際には「木枯らし1号」が吹きます。これは、気象庁が東京地方と近畿地方にのみ発表するもので、冬の訪れを告げる気象用語。10月半ばの晩秋から11月末の初冬にかけて、初めて吹く毎秒8メートル以上の北寄りの風を指します。この強い北風を境にして日本列島は西高東低の冬型の気圧配置に入っていくのです。