野田代表が語る「ど真ん中」は中道ではなく中庸

 同党の綱領には次の5つの柱が示された。

①一人ひとりの幸福を実現する、持続的な経済成長への政策転換
②現役世代も安心できる新たな社会保障モデルの構築
③選択肢と可能性を広げる包摂社会の実現
④現実的な外交・防衛政策と憲法改正論議の深化
⑤不断の政治改革と選挙制度改革

 どうやら、「保守でも革新でもない協調路線」や「人間に優しいバランスの取れた政治」を目指したいらしいが、あまり特色が感じられない。公明党は、法華経を拠りどころに宗教活動を展開する創価学会を支持母体に持つ。「中道」の名称にこだわったのは、公明党の強い意思の表れであろう。

 だが、それにしては仏教的精神を社会に生かしていこうという理念が見えてこない。仏教の説く「中道」にはどういう意味があり、それを現代社会にどのように「再翻訳」していくつもりなのか。特に斉藤代表には聞いてみたいところである。

「中道」という言葉は一般的に「真ん中」を連想させる。だが、「中道」は全く異なる意味を持っている。日蓮宗の公式サイトでも、

「『中道』とは、真ん中だと捉えられる事が多いですが、真ん中ではありません。常にA-Bの真ん中を指す言葉は『中庸』です。それぞれに適した選択をする事を「中道」と呼びます。常に真ん中というわけではありません」と解説している。

 したがって、野田代表がXで「ど真ん中の政治で、生活者をど真ん中に据える」と述べたことは、正確には「中道」ではなく「中庸」となる。

「中庸」は仏教ではなく、儒教の教えである。仏教の「中道」とは、状況に応じて「右」にも「左」にも振れる。野田・斉藤両代表が述べているような、焦点のぼやけたものでもない。宗教用語の誤用はよくないので、詳しく「中道」を解説していく。