なぜ人間だけでは「協調した対策」を打ちにくいのか

 前述の通り、パンデミック下ではある地域がどれほど厳しい対策を単独で講じても、隣接地域との人の移動が続く限り、感染の流入によって効果が相殺され得る。COVID-19への対応では、各地域でばらばらに行われたロックダウンや不均一な移動制限、移動再開時期の違いが行政境界を越える感染の循環を許し、局所的な努力を部分的に無効化したという問題意識が論文で繰り返し述べられている。

 にもかかわらず、現実の政策は「地域ごとに孤立しがちで、危機が顕在化してから調整される」という性質を帯びやすい。論文は縦割りや状況把握の遅れ、異質なデータの統合困難、予測能力の不足などが先回りの介入を妨げると整理する。

 研究チームが狙ったのは、この構造的弱点のサポートだ。各州にAIエージェントを配置し、他州の状況を共有しながら「相互依存を前提とした」政策を組み立てる。さらに、感染シミュレーターに政策を投入して将来の推移を更新し、その結果を次の意思決定入力に戻すというループで政策の模索を続けるのである。

 ここで重要なのは、彼らが何を「政策レバー(政府や自治体が政策として操作できる要素、たとえば移動制限の強さや対象、実施タイミングなど)」として最適化したかだ。ワクチンやマスクといった対策を丸ごと最適化するのではなく、主たる介入は州間移動(流入)をどう調整するかという「モビリティ制御」に置かれている。

 このモビリティ制御を正しく行うために、論文の中では「TIR(Temporal Inflow Reallocation:時間流入再配分)」という概念が設定されている。これは「移動を全面停止するのではなく、一定期間における『総流入量』は維持したまま、週ごとの配分だけを組み替える」という発想だ。

 たとえば8週間の計画期間に州Bから州Aへ8万人が流入するなら、TIRは8万人という総量を変えず、均等配分(毎週1万人)から、非線形配分(たとえば第1週は5000人、第4週は1万5000人)へ再配分するのである。

 この設計が意味するのは、「移動そのものを止められない」という現実制約を受け入れた上で、感染が悪化しやすい局面では流入ペースを抑え、落ち着いた局面では相対的に緩めるといった調整を可能にすることだ。

 加えて、論文は比較のために2つの政策アプローチを検討している。「SIS(Spatial Inflow Suppression:空間的流入抑制)」は、特定の高リスク起点州からの流入を一定割合抑制する政策であり、「TIS(Targeted Inbound Screening:特定対象入域スクリーニング)」は、特定起点州からの旅行者にスクリーニングを課し、感染性を持つ層を隔離側に移すことで伝播を減らす政策である。