背景にあるドイツ自動車業界の凋落
フォルクスワーゲンやメルセデスベンツ、BMWといったドイツの完成車メーカーは、必ずしもEVシフトに前向きではなかったが、欧州委員会の意向に鑑み、EVの生産ラインを強化してきた。しかし、EV市場は低迷に直面している。
例えば、最大手のフォルクスワーゲンは、10月に国内の複数の工場の稼働を時限的に停止する。そもそもフォルクスワーゲンは、業績の不振を受けて国内の工場を閉鎖する意向だったが、労組の強い反対を前に撤回に追い込まれ、抜本的なリストラは不可能となった。そのため、生産調整という消極的な手段しか取り得ない状況だ。
そもそもEVは、中国メーカーが圧倒的なコスト優位性を持っている。またEV市場の不調のみならず、いわゆる「トランプ関税」を受けて、米国向けの自動車の輸出に対する不透明感も強まっている。こうした自動車産業を取り巻く環境の悪化を受けて、部品大手のロバート・ボッシュは、ドイツの従業員の削減を進める方針を示している。
凋落傾向にある自動車産業とは別に、低迷が長期化するドイツ経済のカンフル剤として、時代の要請を受けて勢いを強める防衛産業やインフラに期待する機運がある。とはいえ、インフラはまだしも、防衛産業に関してはドイツ経済の成長をけん引するだけの勢いを望むことはできない。むしろ、軍需の膨張がドイツ国民の生活を圧迫する可能性が意識されるところだ。
ドイツの最大手の軍需メーカー・ラインメタルは、7月以降、中東欧の複数の国で、砲弾や弾薬などの軍需品の増産を図ると発表している。今の防衛産業ブームがロシアの脅威を念頭に置いている以上、ロシアに近い中東欧で軍需品を生産することは合理的な決定だ。見方を変えると、ドイツは中東欧に防衛体制の拡充を外注していることになる。
確かに、ドイツと中東欧の間には密接なサプライチェーンが形成されている。ただ、こうした外注を伴う以上、ドイツ国内で生じる軍事ケインズ効果(軍需が景気をけん引する効果)は限定的となるだろう。一方、軍事支出は歳出の一部であるため、歳出全体を拡大させない限り、ドイツは軍事支出以外の歳出を削る必要に迫られる。
ドイツが歳出全体を拡大させることができればいいが、それはあくまでEUの財政ルールの枠内でのことになる。それに、メルツ政権は歳出全体の拡大には慎重であり、歳出を拡大させるためには増税も必要だという立場を貫く。防衛増税に踏み切るとして、国民の理解を本当に得られるだろうか。軍事支出に対する期待は行き過ぎている。