臆病なはずのクマが自ら人家に入り込むとは
家畜を襲ったりときには人をも襲ったりするヒグマは北海道にしか生息していない(十数年前に秋田・青森・岩手の3県の県境ではヒグマを目撃したという報道があったが、確認はされていない)。本州のクマは、臆病でおとなしい性格とされるツキノワグマだけだ。ツキノワグマが人家を襲う例は極めて稀だが、過去には本州でも死亡事故が発生している。ただツキノワグマは人里に降りてきても、せいぜいが生ゴミを漁ったりする程度で、人間の気配を感じると一目散に逃げていくのが一般的に知られている彼らの習性だ。
クマの生息地区で釣りをすることも多い筆者は、クマが多く生息していると言われる秋田県の北秋田市阿仁(あに)の打当(うっとう)で古老のマタギの方から話を聞いたことがある。また青森や岩手の猟友会の方からも話を聞いたことがあるが、彼らは一様に「臆病なクマが自ら民家に入り込むなんていう例は聞いたことがない」と語っていた。
しかし今回の事件ではその“常識”や古老たちの経験則が通用しなくなったことを示していると言えるのかも知れない。
北上市で報告されているクマの出没情報はこればかりではなかった。6月下旬、北上市内では白昼の市街地でもクマが目撃されていた。たとえば、北上市内の私立高校の正門から敷地内に入り込み、自転車置き場で何かを探し回るように臭いをかぎまくるクマの姿が捉えられている。クマの侵入を受け、体育など外で行われていた授業は全て中止になったという。ほかにも商業施設や市役所の駐車場でもクマの目撃情報が相次いでいる。市内の小学校では児童の集団下校が行われている。
この地域のクマの生態が大きく変わってきているのかもしれない。
捕獲に向け北上市は対策を進め、クマに襲われた自宅周辺には猟友会によって罠が設置され地元の猟友会は付近の見回りなどの対応をしている。
人家近くにまで出没するクマを捕獲するため事件現場付近に設置された罠(写真:岩手日報/共同通信イメージズ)
岩手県は今回の事態を受け、4月に発表したツキノワグマの出没に関する注意報を、2年ぶりに警報に引き上げた。また、北上市は和賀町内の3カ所に自主避難所を開設し、高齢の一人暮らしなどで不安な場合は避難するよう呼び掛けている。
自衛策としては、まず戸締りをしっかりして、戸外に生ゴミなどを置かないように徹底することだ。それでも不安な高齢者で一人暮らしの方は避難所に行くなどの対策が必要になるだろう。もし人家に平気で入ってくるクマが何頭も出没することになったら、これは大変なことになる。さらなる被害者が出ないことを祈るばかりである。


