撮影/松田麻樹(以下同)
目次

(岡本ジュン:ライター)

近年、金継ぎは単なる伝統工芸の枠を超え、サステナブルなライフスタイルの象徴として世界中から注目を集めている。なぜこれほどまでに金継ぎが世界で注目されるようになったのだろうか。そして、ビジネスやデザインの分野にまで広がった背景には、どのような要因があったのだろうか。

国や文化、宗教といった境界を越えて、多くの人々の心を動かす金継ぎ。

その魅力を探るべく、美術家であり金継ぎの活動を世界に普及させているナカムラクニオさんに話を聞きながら、世界が注目する“Kintsugi”の奥深い世界を紐解いていく。

器に“景色”をつくる

「金継ぎで最も大切なことは、器に“景色”をつくることです」とナカムラさんは語る。

「器が積み重ねてきた歴史や、傷の個性を表現して、それを愛でること。“不完全なる完全”を形にすることこそが大切だと考えています」。

 金継ぎは、単なる修復技術ではない。割れや欠けといった“傷”を隠すのではなく、あえて際立たせることで、そこに新たな命を吹き込む。壊れた器を“未完成のまま完成へと導く”——そんな逆説の美こそが、金継ぎの真髄だ。

 その美意識の源として、ナカムラさんは本阿弥光悦にまつわる逸話を紹介してくれた。

「江戸時代初期に活躍した光悦の赤楽茶碗『雪峯(せっぽう)』は、窯の中で割れたものを、あえて漆で継ぎ、金を蒔いて仕上げたものです。割れを“雪解けの渓流”に見立て、白い釉薬を積もる雪と考えたと言われています。失敗作が傑作へと昇華したこの茶碗は、金継ぎを修理の域から“芸術”へと高めた象徴的な存在です」。

 金継ぎによって生まれる“ひびの景色”は、まさに「時間の筆跡」。

 器とともに過ごした年月、そして“もの”に寄り添う心が静かに刻まれている。

「直すということは、単なる修理ではありません。モノの過去を再構築し、唯一無二の存在へと再生させること。お互いが生き続けてきた年月の重みを分かち合う、ささやかな祝福であり祈りでもある。大切な“小さな宝”を後世へ受け継ぐ——それが金継ぎという行為ではないでしょうか」。

ナカムラさんの工房。金継ぎに関連した書籍なども多く揃っている

 さらに、金継ぎの魅力としてナカムラさんが挙げたのが「銘(めい)」の存在だ。

「器に名前をつけることは、命を吹き込むような感覚です。器を擬人化し、人のように愛でる。そんなアニミズム的な感性が金継ぎにはあるんですよ」。

 たとえば、先ほどの赤楽茶碗『雪峯』も銘を持つ一つの例。また、古田織部所持の大井戸茶碗「銘 須弥(別銘 十文字)」は、茶碗を十文字に切ってサイズを小さくして継いだ大胆な名椀として知られる。古志野筒茶碗「銘 五十三次」は、発掘した志野焼のかけらを呼び継ぎしたもので、東海道五十三次に見立てて名が付けられた。

 修復の跡に浮かぶ模様や形が、そのまま器の個性を際立たせ、「銘」として残ることもある。銘は単なる呼び名ではなく、作者の想いや時代背景を伝える“手紙”のようなものだ。器に刻まれた物語が使い手と響き合い、特別な愛着を生み出す。