司馬遼太郎のファンは沢山いることだろう。
わたしが司馬遼太郎の小説を読んだのは学生時代で、御多分にもれず『竜馬がゆく』だった。一読して、坂本竜馬にのめりこんだ(ある人物にのめりこんだのは、ブルース・リーに次いで2人目である)。
司馬遼太郎にのめりこんだのではない。司馬の本はまだたくさんなかった。かれが長編をいくつも書くのは、『竜馬がゆく』以後である(学生時代に読んだのは、あと『燃えよ剣』と『峠』くらいだったか)。
坂本竜馬関係の本はやたら読んだ(それまで世間では、一般的に「龍馬」と書き、「りゅうま」と呼んでいた。だから「りょうま」という呼び名が、最初はまったくなじまなかった。いまでは「りゅうま」が違和感がある)。
意味もなく、おれも竜馬とおなじ、33歳で死ぬんだろうな、と思った。相当なバカだったのである。
作家本人にとっては不本意だろうが
司馬遼太郎の他の長編を読むようになったのは、会社員勤めをしてからである。なにしろ本を読まなかった。映画は好きだったが、本は、少年週刊誌漫画だけである。
30歳を過ぎた頃、心機一転、往復の通勤電車のなかで、夏目漱石とか、芥川龍之介、太宰治ら日本文学を読むようになった。そのあと、ドストエフスキー、フォークナー、ゾラ、スタンダール、など外国文学をいくつか読んだ。
その間に、司馬の『世に棲む日日』『翔ぶが如く』『関ヶ原』『坂の上の雲』『花神』などの主要な長編を読んだ。
司馬遼太郎ファンは、司馬の作品のどれを最高傑作と思うだろうか。みなさん、それぞれの最高傑作をもっているだろう。
わたしのなかではまちがいなく、『街道をゆく』が司馬遼太郎の最高傑作である。
作家本人にとっては、不本意であろう。
しかし『街道をゆく』は、紀行文でも歴史探しの旅でもあり、人間への旅でもある。濃密な文章には、司馬独特の叙情がある。こういう本はない。
だが、読めば読むほど、わたしは司馬遼太郎の魅力をまだまだ知らないと思う。
『司馬遼太郎全講演』(全5巻)と『司馬遼太郎からの手紙』(全3冊)がまだ残されている。いずれ読もうと思う。愉しみである。


