(写真:mapo_japan/Shutterstock)
私は、かつて勤めてていた文藝春秋を内部通報・内部告発し退社しました。2018年のことです。今回はその経験を振り返ってみようと思います。
今頃になって、なぜ当時の経緯を書くのかというと、時間が経ったことで当時は書けなかったことが多少は書けるようになったから。そして何より、この経験により、組織にとって内部通報・内部告発がいかに重要かを身をもって感じたからです。それがこの連載を始める動機にもなっています。
「あなたの会長就任に反対します」
それは2018年4月23日、月曜の朝のことでした。出社直前、会社の近くまできたところで、松井清人社長から私の携帯電話に電話がありました。出社したら、すぐ社長室に来るようにとのことです。「ついに来たか」。私はそう思いつつ、東京・千代田区紀尾井町の本社ビルの4階にある社長室に向かいました。
文藝春秋(写真:アフロ)
社長室では松井社長が緊張した面持ちで待っていました。私がソファに座るなり、社長は話を切り出してきました。
「君には、長い間、社に尽くしてもらった。来期は若返りを図りたいので、君には常任監査役になってほしい」
当時の私の立場は常務取締役。降格人事の告知ですが、私にとって自分の人事はどうでもいいことでした。私は返答しました。
「一応考えてみますが、私は今年で社を辞めるつもりです。それよりも、あなたが社長定年で辞めるという今までの言葉を翻して会長に就任するという噂があります。それは事実ですか?」
松井社長は緊張で顔を引きつらせながら言いました。
「次期社長には中部嘉人常務になってもらうつもりだが、彼には編集部門の経験がない。だから補佐するために私が会長として残ることにした」
経理部門出身の中部氏を社長にするというのは出版社の人事としては異例のことでした。それでも人物本位で選んだのであれば異論をさしはさむこともありません。しかしこの人事は明らかに自分が会長として実権を握り続けるためのものでした。
