富士山をバックに走る岳南電車。地元の人々からは「岳鉄」と呼ばれ親しまれている。写真の8000形は、現在は岳南電車の旧5000形復刻デザインで走っている
(山﨑 友也:鉄道写真家)
工場夜景を車内から楽しむ
富士山が望める鉄道は数多くあるが、もっとも富士山に寄り添って走っている路線はどこだろうかと考えたとき、ボクは静岡県富士市の東部を走る岳南電車ではないかと思う。東海道本線の吉原を起点とし、岳南江尾までの9.2kmを結んでいる岳南電車は、沿線から雄大な富士山が望めるほか、10あるすべての駅からも富士山が望めることが大きな理由のひとつである。
すべての駅の富士山がみえる場所に「富士山ビュースポット」の案内が敷かれている
1949年に鈴川(現吉原)から吉原本町間で岳南鉄道として開業し、1953年に全線が開通。富士市は製紙産業が盛んで、製紙工場の原材料や製品を中心とした貨物輸送が経営の大きな柱となっていた。ところが製紙業の生産量が年々減ってきたことに加え、輸送が鉄道からトラックへとシフトされていくなかで、鉄道の経営が厳しくなっていく。地元富士市は低迷する貨物輸送を理由に2004年度から年間1000万円、2011年度からは年間2000万円の公的支援をおこなってきたが、2012年3月、ついに貨物列車の運行を終了することになってしまった。
営業収入のほとんどを貨物輸送に頼っていたため一時は廃止の声も出ていたが、富士市は鉄道が市にとって必要な社会基盤であり、市民、事業者、行政が一体となって鉄道を支えていく、という方針を打ち出し、公的支援を続けている。一方岳南鉄道も事業者の自助努力として鉄道事業を分離し、2013年4月に現在の岳南電車として再出発する。
岳南原田駅構内には“早い、安い、うまい”のそば屋「めん太郎」があり、駅舎内で食べることができる。火、水曜日はワカメが無料
その後は沿線住民だけではなく観光客などの誘致にも積極的に取り組んでいった。その最大の成功が「夜景電車」の運行だ。これは沿線に数多い製紙工場の夜景を楽しむインフラツーリズムで、流行していた工場夜景を車内から楽しもうというものだ。夜の景色を存分に味わってもらおうと車内の照明を消して運行するアイデアも相まって好評を博し、2014年には鉄道として初めて「日本夜景遺産」に認定された。
岳南原田~比奈間は日本製紙の工場内を走る。普段の鉄道路線ではみられない斬新な車窓が広がっていく
ちなみに富士市に製紙工場が多いのは、富士山に降った雨や雪が周辺に地下水となって大量に湧き出しており、富士川の地下水も豊富だからだ。製紙工場は水を大量に使用するため、水資源が豊かな富士市は立地としては最適だったという訳である。ここでも鉄道と富士山との密接な関係性がみえてくる。

