国連報告書に強制力なし、国際法廷も効力は不透明
今回の国連報告書に強制力はありません。最終的にジェノサイドかどうかの判断は、国と国との紛争を解決する国際司法裁判所(ICJ)や個人の戦争犯罪を裁く国際刑事裁判所(ICC)にゆだねられます。
これまで国際法廷では、旧ユーゴスラビアで起きた民族浄化のうちスレブレニツァの虐殺(1995年、犠牲者約7000人)や、ルワンダでの虐殺(1994年、犠牲者80万〜100万人)がジェノサイドと認定され、有罪判決が下されています。
イスラエルのガザ攻撃に関しては、2023年12月末に南アフリカがICJに提訴し、審理が続いています。
南アは少数の白人が大多数の黒人を支配するアパルトヘイト(人種隔離)と闘い、それを乗り越えた歴史があります。南ア自身がイスラエルの攻撃にさらされているわけではありませんが、ジェノサイド条約の締約国であり、「ジェノサイドの防止に向けて行動するのは自国の義務である」と主張しました。
仮に国際法廷がジェノサイドと認めてもその効力は不透明と言わざるを得ません。
ICCは2024年11月、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相(当時)、ハマスの軍事部門トップのデイフ氏(イスラエルが暗殺)の3人に対して、戦争犯罪や人道に対する犯罪の容疑で逮捕状を出しました。これに対しイスラエルは「反ユダヤ的な決定だ」と反発。イスラエルの後ろ盾である米国のトランプ大統領もICCの裁判官らに制裁を課す大統領令に署名しました。資産を凍結し、米国への入国を禁止する内容です。
一方、ICCのトップである赤根智子氏は米国を批判。「裁判所の独立性と公平性を損ない、残虐行為による数百万人もの無実の被害者から正義と希望を奪う」と深い遺憾の意を表明しました。さらに、ICC加盟125カ国・地域のうち6割近い72カ国・地域が「国際的な法の支配をむしばむ恐れがある」として、米政府の制裁措置を批判する共同声明を発表しました。
日本はこの声明に加わりませんでした。ICCの最大の分担金拠出国であり、自国出身の赤根氏がトップであるにもかかわらず、「トランプ氏の感情を逆なですることを恐れた」と指摘されています。
ジェノサイド条約の批准・加盟国は世界の8割、153にのぼりますが、日本は批准していません。1957年の衆院外務委員会で当時の岸信介外相が「いろいろな方面のことを検討している」と答弁して以来、現在に至るまで「検討」の答弁を繰り返しているのです。
条約はジェノサイドの実行のほか、計画段階の「共同謀議」も処罰の対象としていますが、これを罰する法律が日本にはありません。それが条約を批准しない理由とされています。
しかし、赤根氏は「早く国内法整備に取り掛かってもらいたい。日本が加盟していないことは、世界的に見て恥ずかしい」(2024年3月、産経新聞のインタビュー)と強調。日本の得意技である“先送り”を厳しく批判しています。
フロントラインプレス
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